『15年後のラブソング』は踏み出す元気を与えてくれる 全編にわたるロックへの愛情

『15年後のラブソング』が贈るメッセージ

 悪いやつではないけれど面倒臭い。そんなオタク気質をシニカルな笑いにしているのは、原作者であり脚本を手がけたニック・ホーンビィの得意とするところ。これまで『ハイ・フィデリティ』『アバウト・ア・ボーイ』といった小説が映画化されたホーンビィは、ロックとサッカーの熱狂的なファンで自分の中に潜むオタク気質を自虐的な笑いにしてきた。ダンカンを演じるクリス・オダウドは『ハイっ、こちらIT課!』でブレイクしてコメディには定評があるだけに、ダンカンみたいなクセのあるキャラはお手のもの。隙さえあれば相手構わずタッカーの魅力を熱く語り、『Juliet, Naked』を聴きながら真夜中の海岸で涙ぐむダンカンの陶酔ぶりを、苦笑いしながらみる音楽ファンは多いだろう。なかでも、アニーからタッカーを紹介されて夢見心地で一緒に食事をしている時に、曲の解釈を巡って曲を作ったタッカーと喧嘩するという暴走ぶりがイタすぎる。でも、そこでタッカーに「曲はファンのものでもあるんだ!」と訴える姿は胸を打つ。それはファンなら誰もが思う心の叫びだ。

 もちろん、本作は熱狂的な音楽ファンを笑う作品ではなく、全編にわたってロックへの愛情に満ちている。何しろ、監督を務めたジェシー・ペレッツは、オルタナ・ロック・シーンを代表する人気バンド、レモンヘッズの初期メンバー。サントラを担当したネイサン・ラーソンは、オルタナ・シーンで活躍したパンク・バンド、シャダー・トゥ・シンクの元メンバーで、映画の中でバンドマンの一人として出演もしている。そして、物語を彩るのは様々なロックの名曲とタッカー=イーサン・ホークの歌声。タッカーのオリジナル曲を手がけているのは、ブライト・アイズことコナー・オバースト、ライアン・アダムス、ロビン・ヒッチコックという、アメリカのインディー・ロック好きにはたまらない面々で、どの曲も3人の持ち味が出た良い曲ばかり。そして、最近ではジャズ・ミュージシャンのチェット・ベイカーの伝記映画『ブルーに生まれついて』で雰囲気たっぷりの歌声を聴かせてくれたイーサンは、やはりロックがよく似合う。イーサンは『リアリティ・バイツ』で大学をドロップアウトしてバンド活動している青年、トロイを演じてブレイクしたが、タッカーの姿にトロイの「その後」を思い浮かべる映画ファンもいるだろう。

 オタクなダンカンとモテ男のタッカー。2人は正反対のようで通じるところがある。ダンカンは自分の趣味の世界から、タッカーは引きこもり生活から抜け出すことができない。そして、そんな2人に恋してしまったアニーもまた、生まれ育った町を出たいと思いながら、その夢を果たせないままくすぶり続けてきた。目の前にある見えない壁を乗り越えられない3人の男女。そんな大人になれない大人たちが出会うことで、それぞれがどう変わっていくが本作の見どころ。なかでも、アニーが正反対の2人の男性との恋を通じて、ひとりの女性として成長していく姿が暖かな眼差しで描き出されている。三十路を過ぎてからだって、まだまだ人生は変えられるのだ。何かと大変な日々が続くなか、『15年後のラブソング』は新しい生活に向けて一歩踏み出す元気を与えてくれるだろう。

■村尾泰郎
音楽と映画に関する文筆家。『ミュージック・マガジン』『CDジャーナル』『CULÉL』『OCEANS』などの雑誌や、映画のパンフレットなどで幅広く執筆中。

■公開情報
『15年後のラブソング』
6月12日(金)より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開
監督:ジェシー・ペレッツ
原作:ニック・ホーンビィ
出演:ローズ・バーン、イーサン・ホーク、クリス・オダウド
配給:アルバトロス・フィルム
提供:ハピネット/ニューセレクト
後援:ブリティッシュ・カウンシル
2018年/アメリカ・イギリス/英語/97分/シネスコ/デジタル5.1ch/原題:Juliet, Naked/日本語字幕:松浦美奈
(c)2018 LAMF JN, Ltd. All rights reserved.

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