シャーリーズ・セロンが繰り返してきた“破壊と再構築” 作家主義的な演技の数々を振り返る

C・セロンのこれまでを振り返る

記念碑的作品『モンスター』~偶像破壊のセルフプロデュースへ~

『モンスター』

 セロンのキャリアにおいて、アカデミー主演女優賞を受賞した『モンスター』(パティ・ジェンキンス監督/2003年)は、自他ともに認めるターニングポイントとなった作品だ。セロンはこの作品の役作りのために14キロもの体重の増加による肉体改造を試み、且つ、初めてのプロデュース業にも挑んでいる。ここから続くセロンによる「セルフプロデュース」という意味でも記念碑となる作品だが、同軸で女性監督をプッシュしたことに、彼女のポリティカルな意志をそこに見出せる。『モンスター』は、『ボーイズ・ドント・クライ』(キンバリー・ピアース監督/1999年)に連なる、アメリカの郊外における歪を描いた傑作(同性愛が描かれていることでも共通する)で、濡れた歩道に反射するネオンの鈍い光が、主人公の現在地を心象風景のように照らしていく。少女時代に自分はマリリン・モンローになれると信じていた実在する娼婦アイリーン・ウォーノスが見たアメリカの痛ましい風景。肉体改造により別人へと変貌したセロンは、自らをこの風景が作りあげた造形=モデルとすることで、アメリカの闇と同化する。恋人セルビー・ウォール(クリスティーナ・リッチ)への隠し事が増えていけばいくほど、アイリーンの口数も増えていく。セロンは最初に造形から入ることで主人公や風景と同化する。次に、犯罪を犯す度にトランスしていく主人公を、キャリアによって作り上げてきた自らの偶像を破壊することで、一世一代の演技を見せる。

 その2年後に『スタンドアップ』(ニキ・カーロ監督/2005年)で、同じく女性監督の手がける作品に出演するセロンの野心は一つの完成形に到達する。雪原の田舎町(『スタンドアップ』の原題は『North Country』)におけるシングルマザーの経済的な独立とセクハラ=暴力に一人で立ち向かう実話を描いたこの作品は、無言の圧力によって同じ女性同士からも連帯が得られないどころか、謂れのない中傷さえ浴びてしまうという過酷な環境を描いている。

 『モンスター』から続くセロンの作品選びに、現在の「#MeToo運動」など、女性の社会的独立や尊重されるべき当たり前の権利の主張に早い段階からセロンが意識的だったことは、彼女の言動を後追いするまでもなく、フィルモグラフィーがそれを証明している。また、炭塗れになって炭鉱で働くシングルマザーを演じるセロンには、「セクシー女優」というレッテル、さらにいえば「セクシー女優からの脱却」というレッテルすらも既になくなり、画面に投影される女優としてのオーラだけが残っている。そしてこういったセロンの試みや野心はジェイソン・ライトマンとの仕事に引き継がれることになる。

ジェイソン・ライトマンとの共闘

『ヤング≒アダルト』

 『モンスター』や『スタンドアップ』のように明確な社会性を取り扱った作品とはまた違うステージで、セロンはジェイソン・ライトマンとの非常に興味深い連作を残している。『ヤング≒アダルト』(2011年)は、かつて町一番の美女だった女性が、プライドの高さはそのままに年齢を重ね、故郷に帰郷する物語だが、セロンはここでもはや自分がどうカメラに映るかということすらまったく気に留めていない。『モンスター』や『スタンドアップ』のような作品ですら、容姿の造形から自分をモデル化し、カメラがどう自分を捉えているかを逆算して演じることに意識を払っていた(つまりプロフェッショナルの最高峰ということだ)と思われるセロンが、ここでは完全にジェイソン・ライトマンの撮る風景に体ごと身を預けている。女性が年齢を重ねるということが、この連作に共通する物語上の、カメラ上の、そして演技上のテーマであり、セロンは謂わば自らをドキュメンタリーの素材としてカメラに身を預けているのだ。

 再び役作りのため体重を23キロ増量して挑んだ『タリーと私の秘密の時間」(2018年)においては、その傾向はさらに強まっている。『モンスター』における偶像破壊によるセルフプロデュースのイメージは跡形もなく、あるがまま、いつどこからでも撮っていいようにセロンは構えている。この連作は、女優/女性が年齢を重ねていくことをフィクションの中で,更に連作として提示する極めて稀少な作品群といえる。特に『タリーと私の秘密の時間』の終盤、女性二人組で駆け出す夜の町のシーンは、シンディー・ローパーの大ヒット曲(「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハブ・ファン」ほか)でスタートを切ることも含め、シャーリーズ・セロンという女優のキャリアそのものへのオマージュとなっている。思えばキャリア最初期の『すべてをあなたに』から、セロンとポップミュージックの親和性はとても高かった。それも知る人ぞ知るようなポップミュージックではなく、大ヒット曲がいつも背後に流れていた。『モンスター』のジャーニー、『アトミック・ブロンド』のクイーン+デヴィッド・ボウイ、『ロングショット』のブロンディ……。さらに『タリーと私の秘密の時間』の中で主人公は人魚に命を救われる。これは『スプラッシュ』を愛するセロンのキャリアそのものへの最大級のオマージュ以外の何ものでもない。

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