『愛していると言ってくれ』に満ちた“90年代ドラマ”のエネルギー 北川悦吏子脚本を紐解く

北川悦吏子が描く、圧倒的ヒロイン像

北川悦吏子の並々ならぬ貪欲さとエネルギー


 北川脚本の大きな特徴として、「自身が体験したこと、身近で見聞きしたことを多数盛りこむこと」が挙げられるが、その土台にはおそらく並々ならぬ貪欲さとエネルギー、子どものように素直で豊かな想像力と感受性、相反する冷静さがあるのだろう。

 あれだけ多くのヒット作を出しつつも、原作つきは『あすなろ白書』のみで、他は全てオリジナル作品。しかも、自身の持ち込みによる企画が非常に多い。それだけでも現在のドラマ界では考えられないバイタリティだが、その貪欲さとエネルギーの源には、にっかつ撮影所の企画営業本部時代に、2時間ドラマの企画書をひたすら作り、プレゼンする「企画書1000本ノック」という企画会議での経験があるのだろう。

 貪欲さは、自身の体験のみならず、友人・知人などの言動から得たヒントを積極的に作品に盛り込むことからもうかがえる。北川作品は、ハンディキャッパーや、不倫、堕胎などの題材を盛りこみ、怒涛の展開でこじれた恋愛模様を描く一方で、日常の何気ない景色や出来事をドラマチックに描いている。

 例えば、『ビューティフルライフ~ふたりでいた日々~』で車いすに乗る常盤貴子に木村拓哉が目線を合わせるシーンは、自身が子どもを持ったとき、「子どもがベビーカーに乗っているとき、どんな風に見えているか」というところから着想を得たものだった(2015年8月28日TBS系にて放送『ゴロウ・デラックス』より)。

 また、『半分、青い。』で律が片耳を失調した鈴愛に言う「傘に落ちる雨の音って、あんま綺麗な音でもないから、右だけくらいがちょうどいいんやないの?」というセリフも、自身が左耳を完全に失調した際の経験からきたもので、「ちょっと不謹慎なんですが“面白いな”と思って…」と語っている(引用:18年前期朝ドラ『半分、青い。』に決定 「私も片耳が聞こえない」と脚本の北川悦吏子氏 | エンタメOVO)。

 これらの表現は、自身が幼い頃から腎臓病や消化器系の難病、左耳の失調などの困難を経験してきたことなどで育まれた、豊かな想像力と感受性の賜物だろう。その一方で、鍛え抜かれた貪欲さに加え、自身の遭遇したトラブルや不運なども客観的に受け止め、作品に投影し、消化していくたくましさ・強さ・冷静さがある。

 こうした魅力と、背中合わせとなる冷酷なまでの圧倒的強さは、賛否両論が渦巻いたNHKの連続テレビ小説『半分、青い。』と、そのヒロイン・鈴愛に、ますます色濃く見える。

 『半分、青い。』では、その驚異的強さをもって鈴愛の挫折や病気がドラマチックに描かれる一方で、「ユーコの死」や「秋風先生の病気」「ボクテの同性愛」といった個人のデリケートで大きな問題や、バブル崩壊後に沈んでいく社会の低迷が、どこか突き放した冷たい目線でさっくりと描かれていた。

 今のドラマ界では、価値観の多様化が進んだことにより、何もなしえなかった人や、支える側・日の当たらないほうの人に同等にスポットが当たったり、ときにはメインに描かれたりすることもある。そうした流れの中で、魅力も欠点も突出していて、どこにいても周囲の視線を独占してしまう「真ん中にしか生きられない圧倒的ヒロイン」は、良くも悪くもはもはや珍しい。現実の世界には、今もやっぱり「全部もっていってしまう主役気質の人」はいる。しかし、優しい世界を描くドラマが増えた今では、異質かもしれない。

 そんな圧倒的ヒロインを軸に、エネルギーをまき散らし、その渦に周囲を大いに巻き込み、進んでいく大きなドラマは非常にドラマチックで、恐ろしく見応えがある。嫌悪感や違和感を覚える人もいるかもしれない。しかし、強烈に惹きつけられるエネルギーに満ちている。

■田幸和歌子
出版社、広告制作会社を経てフリーランスのライターに。主な著書に『KinKiKids おわりなき道』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』(ともにアールズ出版)、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)などがある。

■放送情報
『愛していると言ってくれ 2020年特別版』
TBS系にて放送 ※一部地域を除く
6月7日(日)14:00〜17:00
6月14日(日)14:00〜17:00
6月21日(日)14:00〜17:00
出演:豊川悦司、常盤貴子、岡田浩暉、余貴美子、鈴木蘭々、矢田亜希子、吉行和子、橋爪功ほか
脚本:北川悦吏子
プロデューサー:貴島誠一郎
演出:生野慈朗、土井裕泰、福澤克雄
音楽:中村正人(DREAMS COME TRUE)
主題歌:DREAMS COME TRUE「LOVE LOVE LOVE」
製作著作:TBS
(c)TBS

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