コロナ禍の今、『タイガーテール』などアジア系米国人クリエイター作品を観る理由

コロナ禍の今、『タイガーテール』を観る理由

『タイガーテール』

 移民たちも例外ではなく在宅を余儀なくされているなか、この映画は彼らの肩を優しく抱くだろう。親たちはどうして新天地を目指したのか、そこに至るまでの道のりは? 子どもたちに西洋の教育を受けさせたのはなぜ? そして、遠い故郷に馳せる想い。『タイガーテール』はここ数年エンタメ業界で起きている、自らをアメリカ人と疑いもなく定義する人たちにとってはささやかでも、アジア系だけでなく全ての移民にとってとてつもなく大きな変化について再考させるきっかけになった。

『フェアウェル』(c)2019 BIG BEACH, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

 そもそもの劇的変化は、2018年8月の『クレイジー・リッチ!』の北米公開だ。公開1週目にボックスオフィスの1位を記録し、アジア系スタッフ&キャスト、そしてハリウッドメジャースタジオによる初のブロックバスター映画が誕生した。そして、2019年7月に北米公開された『フェアウェル』は、2月のサンダンス映画祭で注目を集め米独立系配給会社のA24が獲得。劇場公開を経て2020年のインディペンデント・スピリット賞で作品賞を受賞、主演のオークワフィナは、ゴールデングローブ賞で映画・コメディ&ミュージカル部門の主演女優賞を受賞した。中国系アメリカ人ルル・ワン監督の実話に基づき、アメリカに暮らす移民一家が、自身の余命宣告を知らない祖母にお別れを言うために偽りの結婚式を開く物語は、映画の半分以上が中国語によるドラマにも関わらず、公開初週の1館あたりの平均興行収入で2019年度最高記録を樹立した。今年1月末、新型コロナウイルスがまだアメリカで猛威を振るう前に行われたサンダンス映画祭では、韓国系米国人のリー・アイザック・チャン監督の『Minari(原題)』が審査委員賞と観客賞をダブル受賞。映画を制作したのは『フェアウェル』を配給したA24と、ブラッド・ピットが率いる製作会社Plan Bだ。

『Minari(原題)』
サンダンス映画祭でのワールドプレミアに参加したスティーヴン・ユァン、リー・アイザック・チャン監督ら
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『Minari(原題)』
サンダンス映画祭でのワールドプレミアに参加したスティーヴン・ユァン、リー・アイザック・チャン監督ら
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 韓国語でセリを意味する『Minari』は、アメリカン・ドリームを叶えるためにアーカンソー州に移住し農園を始める韓国系移民一家の物語で、ドラマ『ウォーキング・デッド』やイ・チャンドン監督の『バーニング 劇場版』(2018年)のスティーヴン・ユァンが父親役を演じている。チャン監督もユァンも両親の代でアメリカに移住し教育を受けた移民2世だ。

 報道によると、『クレイジー・リッチ!』と『フェアウェル』は劇場公開を行った配給会社とネット配信事業者のNetflixが熾烈な争奪戦を繰り広げたそうだ。世界市場を狙うNetflixにとって、アジア圏に強いコンテンツを揃えることが命題だったことは容易に想像できるが、『マスター・オブ・ゼロ』が配信された2015年頃から、ハリウッドにおける動きを察知していたのではないかとも考えられる。その少し前からハリウッドのホワイトウォッシュ(他の人種の役柄を白人に置き換えること)が問題視され、アカデミー賞にノミネートされる俳優が白人に偏っていることを非難する運動も起きた。2018年にはマーベルの『ブラックパンサー』が黒人キャスト&監督による初の大型作品として公開され、第91回アカデミー賞では作品賞にノミネートされた初のアメコミ作品となった。前述の『クレイジー・リッチ!』はハリウッドにおけるマイノリティの台頭として『ブラックパンサー』と並べて語られることが多い。

『いつかはマイ・ベイビー』
『いつかはマイ・ベイビー』
『アグリー・デリシャス:極上の“食”物語』
『アグリー・デリシャス:極上の“食”物語』
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『いつかはマイ・ベイビー』
『いつかはマイ・ベイビー』
『アグリー・デリシャス:極上の“食”物語』
『アグリー・デリシャス:極上の“食”物語』
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 Netflixは『マスター・オブ・ゼロ』以降も、アジア系移民文化を扱った作品を増やしている。2019年には中国系移民3世の女性コメディアンのアリ・ウォン主演、イラン系米国人女性監督ナーナチカ・カーンの『いつかはマイ・ベイビー』を配信。サンフランシスコでアジア系移民の幼なじみ同士が再会するラブストーリーだ。また、ドキュメンタリーシリーズでも、「MOMOFUKU」を経営する人気シェフのデイヴィッド・チャンによる『アグリー・デリシャス:極上の“食”物語』を製作。アメリカで広く受け入れられるようになったアジア料理にまつわる考察を行うシリーズで、アジア系移民人脈とも言えるアジズ・アンサリ、アリ・ウォン、スティーヴン・ユァンもゲスト出演している。チャン自身も韓国系アメリカ人2世で、アンサリや本稿に挙げた監督や俳優たちと同じように、アジアで出生した親世代とアメリカで教育を受けた子世代が抱える2つのアイデンティティについて常に考えている。世の中や時流を捉える上で、2つの視点はクリエイティビティにも大きな影響を与えているのだ。

 ちなみに、外務省の調べでは全世界に推定360万人の日系人がいるとされている。多くは戦前に南米やハワイに移住した層で、戦後にアメリカに移民した人々は“新1世”と呼ばれる。新一世はアメリカン・ドリームを思い描き新天地を求めた多くのアジア系移民とは異なる出自を持つからか、一括りで語られることは少ない。映画業界にも、ワーナー・ブラザース・エンターテイメント前CEOのケビン・ツジハラや『スター・トレック』のジョージ・タケイなど日系2世もいるが、現在クリエイティブ分野で活躍している世代は祖父母の代以前に移住した3世になる。数少ない日系人の中でも注目されているのは、ドラマ『アトランタ』で俳優ドナルド・グローヴァーと、「This is America」などでのミュージシャン、チャイルディッシュ・ガンビーノ(グローヴァーの別名)とのコラボレーションで知られるヒロ・ムライだろう。彼は両親の代からアメリカで暮らす新2世で、この論考(参考:ヒロ・ムライ×ドナルド・グローヴァー、“アメリカの部外者”たちの直感的・本能的作風を解説)にもあるようにアメリカで生きる部外者としての視点が根底にある。

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