光永惇監督が語る、ラッパー・小林勝行のドキュメンタリー『寛解の連続』 「祈りがラップになる」

光永惇監督が語る『寛解の連続』

「『寛解の連続』は僕の記憶の形式であり、認識の形式」

ーーさきほどの映画の紹介文には「記憶の記録」と書いてありますが、印象的な言葉です。『寛解の連続』は、時系列に進行しないのがひとつのポイントではあります。

光永:それは『かっつん』の制作に影響を受けているんです。小林さんがラップの創作を通じて、「記憶の記録」を作っているんだと思って。自分の過去を回想して、回想したときの視点で過去を編集して1枚のアルバムを完成させた。その『かっつん』のメイキング・ドキュメンタリーである『寛解の連続』は、僕の「記憶の記録」でもある。だから直線的に流れていく物語の因果関係でシーンを繋げることよりも、僕の印象に残った瞬間を、小林さんの感情の流れに沿って連想ゲームのように繋げることを優先しました。『寛解の連続』は僕の記憶の形式であり、認識の形式なんです。何かの予感が生まれたり、何かの余韻が残ったり、時系列では捉えきれない時間を表現したくてこんな構造になりました。編集する段階で意識したそういう記憶についての考え方は、中井久夫という統合失調症が専門の精神科医が書いた『徴候・記憶・外傷』(みすず書房)という本に影響を受けました。精神医学関係の本からは、ドキュメンタリーという表現方法についてもいろいろ考えさせられましたね。

ーーそれはどういう点ですか?

光永:僕は小林さんの抱えた弱い部分も含め、その存在まるごとを映画にしたつもりです。それがどれだけ危ういことなのか、暴力的なことなのか、無自覚でいることはできないと思いました。仮に僕が精神科医だったら今回の映画制作のような相手との関わり合い方は許されないわけです。でも、僕は医者じゃない。どんな組織にも属していないし、どんな制度にも縛られていない。では、どう僕の立場なりの倫理を全うできるかは考えさせられました。映画が完成したあと小林さんに観てもらうときも当然不安でした。だけど、小林さんが「これ最高や、間違いない。もっぺん観よう」と言ってノリノリで2周目に入って唖然としました(笑)。とはいえ、この映画は見せ方にはこだわって、そこは配慮しなきゃいけないと思っています。ソフト化したり、YouTubeにアップするとかは考えられないですね。あくまでクローズドな場で体験として観てもらうのが目的なんです。

ーーYouTubeといえば、いろいろ印象的な場面があるなかで、予告編のサムネイル画像に小林勝行が手のひらを合わせて祈るシーンを選んだ理由は何でしょうか?

光永:小林勝行においては、祈ることと独り言とラップが一つになっていると僕は捉えています。小林さんは子供のころから独り言が多かったらしく、物心ついてからは「南無妙法蓮華経」のお題目も唱え、それがやがてラップになっていく。声に出すという点でつながっているんです。だからこそあの表現力だし、常にラップするように生きている。宗教は論理だけで捉えようとすれば、軽々しく馬鹿にしたり否定したりもできるじゃないですか。だけど、そういうことじゃなくて、ひたむきさというか、祈るときにこんなに豊かな表情をしている、その事実がまずは重要だと思ったんです。その事実も含めて、すべてが地続きにある小林勝行という表現者を、否定も肯定も超えて届けたかった。

 それに加えて、信仰心というものは僕が今後も考えていきたいテーマなんです。というのも、僕の実家が天理教の分教会で、亡くなった祖母を中心に母方の家族が信仰していたんですけど、僕が人生のある局面で誰からも信用されなくなり、自分のことすら信用できなくなっていたとき、祖母だけは僕のことを信じてめっちゃ祈ってくれていたんですよね。人を想うということはなかなか目に見えないけれど、絶対的な対象に向かって祈ることでそれが第三者にも見えるようになる。その姿に僕は救われたと思っていて。僕が作る映画は、そういう祈りのようなものであってほしい。僕自身特定の宗教を信仰しているわけではないけど、何かを信仰するということは、形は違えどどんな人にとっても無縁ではないし、大切なことでもある、というのは映画のひとつのメッセージですね。

■イベント情報
小林勝行/曽我部恵一/鬼 (withピンゾロ)3マン「詩情の人」
渋谷WWWにて、2月27日(木)開催
https://www-shibuya.jp/schedule/011850.php

■公開情報
『寛解の連続』
神戸・元町映画館にて、5月23日(土)〜5月29日(金)まで1週間限定レイトショー上映
撮影・編集・監督:光永惇
制作:SARDINEHEAD PICTURES
2019年/112分/DV
公式サイト:https://kankai-movie. com/index.html

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる