『パラサイト』はなぜオスカーを受賞できたのか? 日本映画にはなかった韓国の“長期的視点”

『パラサイト』はなぜオスカーを受賞できたか

 SNS上の意見に目をやれば、日本の国内市場向けに作られるいわゆる「漫画原作のキラキラ映画」やら「人気俳優・アイドルの映画」やら「テレビ局主導の作品」がさも悪の権化として槍玉に挙げられているが、はたしてこれらの作品が本当に問題なのだろうか? 考えてみれば、韓国はもちろんアメリカでもフランスでも、多少形は違えど明らかに内国向けのポップな作品は数多く作られており、むしろそれらがそれぞれの国内興行で存在感を示しているのは言うまでもない事実だ。ハリウッドのいわゆる世界市場向けのブロックバスターはさておき、そういったポップな内国向け映画と海外の映画祭などを目指した外国向け映画が両方存在してこそ映画は面白味を増すのである。もちろん日本でも是枝裕和を筆頭に、濱口竜介や河瀬直美、深田晃司、黒沢清、またジャンル映画に特化しているとはいえ三池崇史や清水崇のように外国で高い評価を得ている監督は多数存在している。

カズ・ヒロ Blaine Ohigashi /(c)A.M.P.A.S.

 では何が日本映画に足りていないのか。昨年アメリカ国籍を取得し、今回のアカデミー賞でメイキャップ&ヘアスタイリング賞を受賞したカズ・ヒロは「日本は夢を叶えるのが難しい」と、授賞式後の会見で語ったのだと言う。いまの日本映画界に足りていないものは、アイデアではなくて長期的に先を見据える堂々とした視点ではないだろうか。韓国映画界では『シュリ』以降とくにハリウッドと対等に渡り合える娯楽映画を念頭に置いた作り手たちの半ば無謀と思われた野心が根幹にあり、何度政権が変わっても文化を尊重する姿勢と映画の企画段階から発生する助成金という国家をあげてのサポートがあり、面白い映画は盛り上げ、つまらない映画は淘汰される正直な世論があった。だからこそ作り手たちは常に観客の目を意識した面白い作品を目指し、結果的に娯楽が多様化したなかでも映画の価値は一寸たりとも下がるどころか、毎年のように動員記録を塗り替える作品を輩出し、『パラサイト』が生まれたのだ。

『ジョーカー』(c)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved” “TM & (c)DC Comics”

 またアメリカでも、今回作品賞をはじめ最多の11部門で候補に上がった『ジョーカー』のトッド・フィリップスといえば『ハングオーバー!』シリーズを手がけた人物。結果的に同作は世界的な人気シリーズになったが、もとを辿ればこれも完全にアメリカ国内向けのポップなコメディ映画の文脈に数えられる映画であろう。また昨年の『バイス』を手がけたアダム・マッケイもしかり、高を括られかねない内国向け作品を手がけていた作家の素質をきちんと見抜き、次につなげるシステムがきちんと確立しているとみえる。対して日本では、「キラキラ映画」を手がけある程度の興行的成功に導いた監督に、次にオファーが来るのはやはり「キラキラ映画」であり、インディーズでどれだけ大きな注目を集めた監督であってもいきなりメジャーの大作を任されるというケースは極めて稀な印象だ。ましてや興行的成功を生み出しても、なかなか作家の自由が効かず、よほどの知名度のある監督でなければ、いわゆる“受けそうな題材”を“受けそうな形”で作らざるを得なくなってしまっていることは否めない。

『天気の子』(c)2019「天気の子」製作委員会

 それはもちろん映画がビジネスであるから致し方あるまいとは思うが、少しくらいは冒険しなければ成長もあるまい。短編向けのストーリーテリングと作家性で人気を博す新海誠が『君の名は。』で興行的大成功を収め、そこで抑えていた作家性を一気に解き放った『天気の子』で荒削りながらも魅力的な作品に仕立て上げたように、250億円儲けないと多少の自由も効かないようでは確かにあまりにも夢がない。また、日本人の多くが年に1〜2本しか劇場で映画を観ないからといって安易にポジティブなメッセージだけを発信したり、とりあえず名前が知られれば良いと言わんばかりの弱腰の宣伝(これは外国映画にもいえることだが)。それに同調するかのように批評文化が衰退し、さらにヘビー層の間でも自分の好きな作品が批判されることをよしとしない風潮が見え隠れしてしまう。すると誰にでも好かれるような作品を目指して極端な感情に依拠した無難な映画が頻発し、ライト層が“今年の1〜2本”に選ぶ映画が無難なものにしかならず、次の3本目に結び付かない。興行も満足いかないから現場に落ちるバジェットは芳しくなく、また無難な映画を作らざるを得なくなり、労働環境は悪化し、いつぞやの味噌汁話のように作品と違うところで勝負しようとしたりなどなど、悪循環は枚挙にいとまがない。

『パラサイト 半地下の家族』(c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

 結論から言えば、「内国向けのポップな作品」「集客のために人気俳優を起用する作品」の存在が悪なのではなく、目先の興収だけに目を奪われて完結してしまうことが悪なのではないだろうか。そこで得た利益が、既存ないしは将来の作家やスタッフたち、さらにはシビアな観客の育成のために充分すぎるくらい充てられていけば間違いなく何かが変わる。たくさんのアイデアを持つ作家たちはすでに面白い映画を作りたくてウズウズしながらも、なかなかその機会を得られていないのだから。少なくとも、絶望感や危機感の中で強いられるネガティブな変化に比べれば、目先のリスクを背負ってでも先を見据える向上心を持ったポジティブな変化の方がいいに決まっている。

 2000年代の韓国映画界は、内国産のコメディ映画やスター俳優のアイドル映画など無難な作品が目立ったが、それがポン・ジュノやホン・サンスのような作家輩出に結びつき、興行的にも国際評価的にも大躍進の2010年代へとつながった。それは一朝一夕でできるものでもなければ、過去の先人たちの功績に擦り寄ったものでもなく、作り手と受け手が一体となって映画を信じたからに他ならない。そして今回の『パラサイト』のアカデミー賞受賞で証明されたことは、エンタメであろうが芸術であろうが、好き嫌いのような感情論も超越するほど優れている作品を作りさえすれば、世界レベルで歴史を変えることができるということだ。

■久保田和馬
1989年生まれ。映画ライター/評論・研究。好きな映画監督はアラン・レネ、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

■公開情報
『パラサイト 半地下の家族』
公開中
出演:ソン・ガンホ、イ・ソンギュン、チョ・ヨジョン、チェ・ウシク、パク・ソダム、イ・ジョンウン、チャン・ヘジン
監督:ポン・ジュノ
撮影:ホン・ギョンピョ
音楽:チョン・ジェイル
提供:『パラサイト半地下の家族』フィルムパートナーズ
配給:ビターズ・エンド
2019年/韓国/132分/2.35:1/英題:Parasite/原題:Gisaengchung/PG-12
(c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED
公式サイト:www.parasite-mv.jp

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