岩井俊二を追いかけ続けずにはいられない理由 『ラストレター』に込められた人生の重み

『ラストレター』に込められた人生の重み

 では、未咲の人生の続きはどこにあるのか。未咲という女性の空白を埋めるように、未咲の現在の姿に思いを馳せる観客の想像を補完するように登場するのが、かつて未咲と同じように、登場シーンから季節はずれの風邪をこじらせてマスクをつけていた、25年前の映画『Love Letter』のヒロイン・藤井樹を演じていた中山美穂である。中山は、同作の相手役だった豊川演じる現在の阿藤に寄り添う妊婦・サカエ役として、純粋性を一切消し去り、場末の路地裏の、妖艶で頽廃的な匂いを漂わせながら登場する。

 それはまるで、岩井俊二自身が、かつて描いた、真っ白な雪に覆われた聖なる映画を自ら穢すように。そこに人生というものの重みが加わることによって、疾走する青春、瑞々しい恋や友情を描いてきた彼の物語は、しがない中年男を演じる、これまで見たことがない福山雅治同様の、諦めに似た雰囲気を漂わせ、違う色合いを見せるのである。

 この映画が最後に辿りついた場所はなんだったのだろう。何十年も追いかけてきた存在のあまりの空虚さに戸惑う。まるで、過去に復讐されるかのような。狐につままれたような。それは、初恋の人に囚われ続けて一本しか著作がない作家、乙坂鏡史郎の辿りついた場所であり、岩井俊二という唯一無二の監督を追いかけ続けずにはいられない我々観客が導かれ、辿りついた場所でもある。

 その一方で、『Love Letter』の中山美穂はじめ、『四月物語』の松たか子、『花とアリス』の蒼井優と鈴木杏など、岩井俊二映画を彩ってきた少女たちの正統な流れを汲んだ美しい2人、広瀬すずと森七菜が、未来を向いて燦然と微笑み、新たな風を迎え入れる。未咲の死と共に、時間も止まってしまったかのようだった岸辺野家の一室の、時計の秒針は絶え間なく、一際大きく鳴り続けていた。岩井俊二の映画が、また新たに時を刻み始めた。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住の書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■公開情報
『ラストレター』
全国公開中
出演:松たか子、広瀬すず、庵野秀明、森七菜、小室等、水越けいこ、木内みどり、鈴木慶一、豊川悦司、中山美穂、神木隆之介、福山雅治
監督・原作・脚本・編集:岩井俊二
音楽:小林武史
企画・プロデュース:川村元気
配給:東宝
(c)2020「ラストレター」製作委員会
公式サイト:https://last-letter-movie.jp/

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