『フォードvsフェラーリ』が描いた“どこまでも企業化していく世の中”で生きる術

『フォードvsフェラーリ』が描いた“企業化する世の中”


 我々の多くは、日常生活においてすら「責任を問われないように守る姿勢」に終始し、いくぶん退屈な「企業的な考え方」でものごとを判断したり、決めてしまっているように思う。ジェームズ・マンゴールド監督は、カーレースを映画づくりのプロセスに重ねつつ「独創性を追求する戦い、障害を乗り越え物事を推進すること、製作委員会の干渉、マーケティングの方向性との戦い」について語っている。レース、映画に限らず、どのような表現、仕事においても、リスクと安定、冒険と無難さは非常に難しい判断の基準となる。劇中、キャロルとケンのコンビが経験するのは、理想のレースとビジネスの論理に板ばさみとなり、歯がゆい妥協を繰り返しながら勝利へ近づこうともがく姿だ。奔放なケンは、レーサーとしての本能を剥き出しにしながらル・マンへ挑戦するが、それは同時に「企業的な考え方」との戦いでもあるのだ。ケンにとってのレースは、バレエのような優雅さで行われる表現でなくてはならないと、彼を演じたクリスチャン・ベールは述べている(劇場用パンフレット内記述)。それは決して「企業的な考え方」には相容れないものだ。

 だからこそ、ケンが感情を爆発させながら目標へ突き進む姿は美しい。我々のほとんどは彼のようにはなれず、一応は社会の論理に従い、「企業的な考え方」を表面的にでも受け入れながら、どうにか納得の行く生き方ができないかともがくのが精一杯だ。だからこそ彼は、まぶしいほどに輝く存在となる。そしてケンをどうにかなだめつつ、フォード勝利へ向かって悪戦苦闘するキャロルは、理想と現実のもっとも適切なバランスを見きわめようとする成熟した大人に思えた。こうしたふたりの織りなすバディムービーは、どこまでも企業化していく世の中で生きる術を描くみごとな作品であると感じるのだ。

■伊藤聡
海外文学批評、映画批評を中心に執筆。cakesにて映画評を連載中。著書『生きる技術は名作に学べ』(ソフトバンク新書)。

■公開情報
『フォードvsフェラーリ』
全国公開中
監督:ジェームズ・マンゴールド
出演:マット・デイモン、クリスチャン・ベール、ジョン・バーンサル、カトリーナ・バルフ、ジョシュ・ルーカス、ノア・ジュプ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(c)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/fordvsferrari/

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