【ネタバレあり】『パラサイト 半地下の家族』は何が凄いのか? ポン・ジュノ監督の“建築的感性”を紐解く

『パラサイト』高評価の要因は設計思想?

 まずは『下女』でも用いられた「縦の構図」の格差をブーストする、高台の富裕層、半地下の貧困層という設定は、黒澤明監督の『天国と地獄』(1963年)のイメージが間違いなく重ねられているだろう。さらに『メトロポリス』(1927年/監督:フリッツ・ラング)を起点に『エリジウム』(2013年/監督:ニール・ブロムカンプ)辺りまで続くディストピアSFーー上空が「天国」で地下が「地獄」の図式を援用することで現実社会から寓話性へと橋が架けられる。

 やはり『下女』と同じく舞台となるのは主に屋敷の中だが、演出面ではヒッチコック(細部の伏線に加えて階段など空間性を活かしたサスペンス)やブニュエル(シュルレアリスティックな要素を含むブルジョワ風刺の黒喜劇)らの継承が認められる。むろんポン・ジュノが意識したかどうかは別だが、こういった「映画史軸」で「在りもの」を捜すことはいくらでもできるだろう。また、意外に指摘されてないし、ポン・ジュノも語っていないと思うのだが、筆者が『パラサイト 半地下の家族』を鑑賞しながら連想の最上位に来ていたのが川島雄三監督の『しとやかな獣』(1962年)である。郊外の団地の安い棟の部屋に住んでいる四人家族が、父親の指示で各々詐欺まがいのことをして金持ちからカネを巻き上げていく話。コンゲーム映画にして異色の家族ドラマにして風刺劇の傑作ブラックコメディ。ただし『しとやかな獣』は日本の高度経済成長を社会背景にしており、住居や階層的にはポン・ジュノでいうと長編デビュー作の『吠える犬は噛まない』(2000年)に近い。

 そういえば『パラサイト 半地下の家族』を観て「ポン・ジュノ軸」で久々に想い出したのが『吠える犬は噛まない』だった。多層構造の中に秘密の場所が隠された団地の空間性や「縦の構図」など、経済という主題が裏に貼り付いた建築的感性がフルに活かされているのがあのデビュー作と今回の新作なのである。

 当然にも『パラサイト 半地下の家族』は「ポン・ジュノ軸」で見ても作家の持ち札や武器を全て集めた総力戦と言うことができる。

 貧富の格差という主題はグラフィックノベルを原作とした(現時点でポン・ジュノ唯一の他人の原作企画である)『スノーピアサー』(2013年)が今回の直接的な前フリだ。氷河期の世界を走る列車の最前線に富裕層、最後尾に貧困層を乗っけるという「横の構図」で百姓一揆にも似た反乱を描く。ちなみに片山監督との『活弁シネマ倶楽部』でも「横」ってイマイチだよね、という話が出たのだが、それを90度回転させて垂直の「縦」に角度調整(最適化)したのが『パラサイト 半地下の家族』だ。やはり抵抗も水圧も下から上に突き上げていく方が遙かにパワフルである。

 もうひとつ押さえたいのはトポス(場所)の問題。大袈裟に言うとポン・ジュノ流儀の地政学だ。映画の後半で露骨になるが、『パラサイト 半地下の家族』の場合は貧困地区がハザードマップで真っ赤っか。この源流にあるのは『グエムル-漢江の怪物-』(2006年)だろう。あれは川のそばの話。米軍の研究施設で悪い研究者がこっそり垂れ流した薬品により、川下で巨大なモンスターが誕生。その凶暴な怪物に襲われるのは、漢江付近に住んでいる労働者階級の民衆たちだ。「半地下」「川のそば」に住まざるを得ない層こそが被害を受けてパニックが勃発する。

 この『グエムル-漢江の怪物-』やNetflix作品『オクジャ/okja』(2017年)に顕著なように、「アメリカの影」もポン・ジュノが繰り返し採用する主題だ。『殺人の追憶』(2003年)にしろ事件の現場となる韓国の田舎を舞台にしつつ(メインの時代設定は1986年)、ソウルとの距離、アメリカとの距離が段階的に劇中に組み込まれている。例えば精液のDNA鑑定が韓国ではできないから、アメリカに送るという展開。「ナイス」と称するナイキのスニーカーのばったもんとか、刑事のひとりがずっと着用しているMA-1ジャケット。FBIへの言及なども含め、随所に1980年代当時のチョン・ドゥファン政権下を背景とした米国コンプレックスの因が埋め込まれている(このへんの事情は『サニー 永遠の仲間たち』(2011年/監督:カン・ヒョンチョル)の欧米文化の韓国社会への影響を併せて観れば理解が深まるだろう)。

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