ハリウッドで広がる“男性像の再編” 2019年のトレンドワード「有害な男らしさ」をめぐる映画界の動き

ハリウッドで広がる“男性像の再編”

Netflix映画『アイリッシュマン』独占配信中

 「トキシック・マスキュリニティ」の「毒」を、近年でもっとも恐ろしく描いた映画は『アイリッシュマン』かもしれない。マフィア映画の名手マーティン・スコセッシ監督の集大成とも言える本作のメイン・キャストには、ロバート・デ・ニーロにアル・パチーノ、ジョー・ペシと、錚々たるベテラン男優が並んでいる。「男のドラマ」において、男女格差問題を疑問視する騒動も生まれた。『ピアノ・レッスン』『トゥルーブラッド』にてアカデミー賞とゴールデングローブ賞に輝いた女優アンナ・パキンがほとんど喋らず終わったことが話題になったのだ。主人公フランクの娘ペギー役として出演した彼女は、たった7ワード、合計2つしかセリフがない。人気女優ゆえに不満の声もあがったわけだが、一方、このペギーこそもっとも重要なキャラクターであるとする批評も出てきている。プロデューサーより「トキシック・マスキュリニティにまつわる映画」と宣言された『アイリッシュマン』において、主人公父娘の関係は物語の中枢と言ってもいい。1950年代から70年代を舞台とする劇中、デ・ニーロ演じるフランクは、幼い娘を叱った店の主を見せしめとして殴打するような、かなりマチズモな父親だ。彼は「子どもが増えるたび稼がないと」と語りながら犯罪の世界に入り、裏社会の男たちと「ファミリー」関係を結んで成り上がっていく。物語の後半部、例のパキンが演じる、成人したペギーのシーンが入るわけだが、そこからは非常にヘビーだ。結果的に暴力で家族をも威圧してきたフランクは、晩年に入り、家族に自説を唱えはじめる。「(自分は)いい父親じゃなかった。でもペギーを守ろうと…お前たちを守ろうとしていた」「お前たちはその…保護されていたんだ」。アメリカの伝統的家父長制のネガティビティを体現するような主人公に待ち受ける末路とは、一体なんなのだろうか。

Netflix映画『マリッジ・ストーリー』独占配信中

「父親は不完全でもいい
“よき父親”なんて言われ始めてせいぜい30年よ
それまでの父親は寡黙でボーッとしてて頼りなく自分勝手だった
家族は愚痴をこぼしつつどこかそれを受け入れてた
欠点を愛していたの
ところがそれは母親には当てはまらない
社会的にも宗教的にも許されない」

 この演説は、『マリッジ・ストーリー』にてローラ・ダーンが演じる弁護士ノラのセリフだ。『アイリッシュマン』の時代から、社会のジェンダー意識がかなり変化した現代を舞台に、ある夫婦の離婚が描かれている。本作で注目された要素もまた「マスキュリニティ」である。映画のハイライトとなるのは、主役夫婦が怒鳴りあうシーンだろう。アダム・ドライバー演じる子煩悩な夫チャーリーは、妻に暴言をはいてしまったショックからむせび泣き、最後は相手の足にすがりつく。ここに至るまでが複雑なのだが、皮肉にも、『マリッジ・ストーリー』は、妻サイドの描写も多い構成ふくめて、ノラの言う「“よき父親”が求められるようになった30年後」の男性像のひとつを表象しているかもしれない。

 「トキシック・マスキュリニティ」という言葉が映画評論に馴染んで久しいが、裏返せば、現行アワード・レースで活発なものの正体は「男らしさ」の再編だろう。本稿であげた3作は、どれも壁にぶつかった男性が煩悶するシリアスな作風だが、異なるアプローチの主人公像も注目を浴びている。たとえば、マリエル・ヘラー監督『A Beautiful Day in the Neighborhood』は、トム・ハンクス演じる陽的な男性TV司会者フレッド・ロジャースを中心に「男性が感情の抑制を求められる社会」に目線を送った作品のようだ。また、1960年代を舞台にした『フォードvsフェラーリ』には、批判されがちな「伝統的な男らしさ」の善き活かし方にライトをあてたとする声もあがっている。ハリウッドは長い間、男性像の再編を行ってきた。それが特に活気となった今は、バラエティにあふれた、ある種実験的な男性表現の宝庫かもしれない。

参考

https://www.chicagotribune.com/columns/clarence-page/ct-column-mass-shooters-dayton-el-paso-toxic-masculinity-page-20190813-cin4sh2iszb7xl5a7hcbvq3i6a-story.htmlhttps://www.nytimes.com/2019/01/22/us/toxic-masculinity.htmlhttps://www.nytimes.com/2019/01/10/science/apa-traditional-masculinity-harmful.html
https://www.usatoday.com/story/entertainment/movies/2019/11/29/the-irishman-robert-de-niro-anna-paquin-debate-role-women/4330315002/
https://www.washingtonpost.com/opinions/2019/11/29/most-important-character-irishman-is-woman/
https://deadline.com/2019/09/the-irishman-jane-rosenthal-toxic-masculinity-robert-deniro-al-pacino-joe-pescis-1202742502/
https://www.refinery29.com/en-us/2019/11/8848121/oscar-movies-toxic-masculinity-theme-2020
https://www.washingtonpost.com/lifestyle/style/from-the-irishman-to-mister-rogers-what-it-means-to-be-a-man-is-getting-real/2019/11/27/0f995cb2-0fb1-11ea-b0fc-62cc38411ebb_story.html

■辰巳JUNK
ポップカルチャー・ウォッチャー。主にアメリカ周辺のセレブリティ、音楽、映画、ドラマなど。 雑誌『GINZA』、webメディア等で執筆。
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