『いだてん』は日本屈指の“特撮ドラマ”だった! 最終回の国立競技場にはVFXの総力を結集

『いだてん』VFX担当が語る制作の裏側

映画とはまったく違う作業工程

ーーミニチュアとCGを組み合わせる手法は一般的なのでしょうか。

尾上:特撮作品をはじめいろんな作品で使用されてはいますが、それもほんの一部分だと思います。ここまで大々的にミニチュアをCGと組み合わせた例は本作が国内では初めてと言ってもいいのかもしれません。

井上:その意味では「特撮ドラマ」と言っても過言ではないですね。背景などだけはなく、スポーツシーンにもさまざまな効果を加えています。尾上さんをはじめとしたVFXチームの力がなければ絶対に成立しなかったドラマでした。

ーー毎週放送がある大河ドラマでは、映画以上にVFXにかけることができる時間もタイトだったと思います。一体どんなスケジュールで作業を進めていったのでしょうか。

尾上:映画とはまったく違う考え方でやらないと仕上げることは無理でした。映画の場合は、VFXのために緻密な計算をしたり、現場との打合せとか、色々なことを準備する時間や考える時間がかなりあるんです。でも、今回はそういった時間はほぼゼロで、撮った本編映像の仮編集が終わり次第すぐにVFXチームが作業を始めて、作業が始まると、もう次回の素材が入って来る。毎週放送は確実にやってくるので、条件反射的に作業していった感じです。ただ、回を追うごとにスタッフたちのスキルも目に見えてアップし、ノウハウも蓄積されてきて、1話に掛かる時間も短くなり、質も上がっていきました。余裕が生まれることはありませんでしたが、後半にいけばいくほどスムーズになっていたことは間違いないです。

ーー日本橋と同様に作品の中で重要な場所となったのが神宮外苑競技場です。第38回のクライマックスである出陣学徒壮行会は圧巻でした。

尾上:当時の神宮外苑競技場自体が今は存在しておらず、はっきりとした資料も残っていませんでした。ある種、幻を追いかけるようなものだったので、最初は頭を抱えました。撮影用に地面が土の競技場を探してもらい、そこにスタンドや競技場の時計台などを3Dマットペイント(実際に写り込んだ風景と置き換えるためにCGで描かれた風景)で加えていきました。出陣学徒壮行会の群衆は殆どがCGエキストラです。そして、最終的には同じ敷地に国立競技場が建造されるわけですが、運悪く当時の国立競技場はもうないわけで……。

井上:しかも国立競技場は多くの人がしっかりと記憶していますからね。

尾上:こうやってプレッシャーをかけられて……(笑)。

一同:(笑)。

井上:本当に期待以上のものをいつも作っていただきました。国立競技場の奥にみえる景色などもいろいろと加えていただいたのですが、それが効果的にできたのも最初に東京の街を実際に歩いたからだと思っています。当時と建物は変わってしまっても、土地の形や雰囲気、奥に見える富士山の大きさなど、実際に歩いたことによって雰囲気を掴むことができたんじゃないかと。

尾上:確かに東京の街を改めて歩いてみたことは大きかったですね。

ーー例えば、実はこんなところにもVFXを使っている、というものだとどんなシーンがあるでしょうか。

尾上:例えば四三の実家などは、周囲の風景はある程度使えても、屋根瓦が時代に合わず、CGで入れ替える作業をしています。また、わかりやすいところだと、四三が街の中を走るシーンです。とにかく四三が走るため、自ずと長い距離を走っているシーンを撮らなくてはいけなくなります。撮影用のオープンセットは長い道路でも直線で70メートルぐらいの距離しかないので、その奥の風景を追加しています。

 細かいところで言えば、登場人物たちが街に移動すると、この時代に絶対に映ってはいけないものが多々あるんです。まずそれを全て消さなければなりません。また、セットで撮影していても、スタジオの天井にあるライトが写ってしまえば、消さねばなりませんし、セットの窓の外は、この時代の風景でなくてはいけない。本当に普通だったら見逃してしまいそうな小さな部分でも、不自然にならないように慎重に作業をしています。

大事なのは“再現”ではなく、作品をより良くすること

ーー今回のVFX作業において、もっとも大変だったシーンは?

尾上:毎週毎週膨大な量をこなすのが大変でしたが、あげるとすると一番難しかったのは、四三と三島(生田斗真)が出場した1912年のストックホルム・オリンピックだと思います。井上さんから「昔のスタジアムが今も残っていて、ここで当時の記念写真とまったく同じアングルで入場シーンを撮りたい」とお話がありました。でも、実際には、演じる役者さんとスタジアムしかないわけです。脚本には「2万人の観客」と書いてありますが、そんな数のエキストラさんを何日間も使えるわけがないので、最終的には殆どがCGエキストラにせざるを得ませんでした。

 かなり早い時期から、集めた資料を基に作ったプリヴィズ(実際の撮影を行う前に、CGでバーチャル空間を作り、その中で俳優の動きやカメラのポジション、カット割り、必要なエキストラの人数などを事前にコンピュータ上でシミュレーションしていく手法)を使って準備を始めました。一般的には、お芝居をする俳優さんの背後に風景や群衆を合成する場合、俳優さんのシルエット映像(マスク)が必要なので、グリーンバックなどを立てて俳優さんを撮影します。でも、ストックホルムの競技場全面に巨大なグリーンバックを建てるなんて予算を考えても現実的ではないわけです。グリーンバックがあると役者さんのテンションも下がる可能性もあるわけで。最終的にはロトスコープ(手描きで一コマ一コマシルエットを追いかけてマスクを作る)という手法なら、コスト面でも行けるということになりました。

ーーここまで話を聞いているだけでも想像を絶する作業続きだったと感じるのですが、VFXを担う上で一番心がけていたことは何でしょうか。

尾上:僕たちがひどい仕事をしてしまったら、視聴者の方々がドラマに集中できなくなってしまう。それがいつも心配でした。時代劇と違い、近現代は写真や映像が残っています。資料が残っている以上、「もうこれでいいんじゃない」という妥協が許されない。でも、大事なのは“再現”ではなく、作品をより良くすることです。そのバランスは最後まで難しく、考え続けました。

ーー最後に、最終回のVFXの見どころを教えてください。

井上:なんといっても国立競技場です。ロケはスタジアム2カ所と、セットも立てて、ほとんどのショットにVFXの威力が発揮されています。その再現性しかり、スケールも圧巻。これでもかと技が繰り広げられます。最後にはVFX映像で泣けます!

 さらにすごいのは、千葉で撮影した国立競技場まわりの外苑の並木道などのシーンや聖火リレーのシーンなどにも、近くに国立競技場の外観が合成されていることです。そうすることで国立の興奮や雰囲気がここまで伝わるように感じられ、ドラマのテンションが途切れません。これがあるなしでは全然ドラマの質が変わります。なかなか難しいことです。あとはオーラスにも目を見張る映像があらわれます! お楽しみに。

尾上:やはり国立競技場の熱狂とラストシーンですね。最終回の脚本はまさに興奮と感動の大団円で、読んでいて涙が出てきました。でも、VFX的には腰が抜けそうなことばっかりで、正直、今度こそ完成しないかも、とマジで思いました(笑)。でも、ここまできて妥協はしたくない。結果、持ち駒を全部つぎ込んだ総力戦になりました。

 一番、気にかけたのは、我々が再現した映像で視聴者のみなさんがあの場所に居合わせたような時間を共有していただければ、ということです。当時の熱狂、興奮をリアルに感じていただければ最高ですね。

(取材・文=石井達也)

■放送情報
『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』
[NHK総合]毎週日曜20:00~20:45
[NHK BSプレミアム]毎週日曜18:00~18:45
[NHK BS4K]毎週日曜9:00~9:45
作:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
出演:阿部サダヲ、中村勘九郎/綾瀬はるか、麻生久美子、桐谷健太、斎藤工、林遣都/森山未來、神木隆之介、夏帆/リリー・フランキー、薬師丸ひろ子、役所広司
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/idaten/r/

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