『テッド・バンディ』ドキュメンタリー作家だからこそ描けた、連続殺人鬼の恐怖 観客の先入観を暴き出す手法に

『テッド・バンディ』観客を翻弄する話法

 エミー賞受賞のテレビドキュメンタリーシリーズ『Paradice Lost(原題)』をはじめ、骨太なドキュメンタリー監督として長年活躍してきたバリンジャーは、白熱の人間ドラマをえぐり出すロック・ドキュメンタリーの画期的名作『メタリカ:真実の瞬間』(2004年、ブルース・シノフスキーと共同監督)や、南米エクアドルで起きた米国大手企業シェブロンの原油流出による環境汚染疑惑の訴訟を追った『クルード~アマゾンの原油流出パニック~』(2009年)など、正攻法かつ徹底した取材姿勢で知られる。『殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合』では、死刑囚監房での録音テープや、事件当時の記録映像を用いるに止まらず、関係者と本人に独占でのインタビューを実施するなどまさしくバリンジャー監督のドキュメンタリーへの真摯な姿勢が反映されている。今回の『テッド・バンディ』は、ドキュメンタリーでの真っ直ぐな取り組み方とは趣を変え、劇映画ならではの別の語り方を模索したのに違いない。

 そんなバリンジャー監督が選び取った、本作のユニークさは、その正体を知らないまま、連続殺人鬼との愛の日々を送った女性の目線で描くことだ。原作はテッド・バンディの恋人だったエリザベス・ケンドル(『殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合』の第2話「普通の人」にも本人が登場する)の著書『The Phantom Prince:My Lifewith Ted Bundy』(1981年出版)。裁判で徐々に明らかになる残酷な犯行と、彼との想い出の狭間で翻弄されるヒロイン。温厚でウィットに富み、ハンサムな彼に魅せられた彼女、そしてメディアを通して彼のファンになった数多くの女性たちと同じように、我々観客もテッド・バンディの「見た目」にとことん振り回されてされてしまうのだ。

 真実のミスリード(錯覚)へと感情が入り込んでいくこの映画の優れた話法は、もちろんメディアリテラシーの問題とも絡んでくるし、何より一筋縄ではいかない人間の闇の深さをまざまざと示してくれる。それは前述のように、ドキュメンタリー映画監督として20年以上、刑事司法制度の改革や不当判決の問題に取り組み、真実を暴こうとしてきたバリンジャーあってこそだ。映画の冒頭、詩人ゲーテの「現実を想像できる者は少ない」との言葉が引用されるように、世界の複雑さを甘く見てはいけない。人間通や経験値の深さを気取る者ほど、自分が本当はどれだけ浅はかで「見えていない」のかを知るべきなのであろう。バリンジャー監督は独自の視点でテッド・バンディを描くことで、観客にその事実を痛感させる。

■森直人(もり・なおと)
映画評論家、ライター。1971年和歌山生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『21世紀/シネマX』『日本発 映画ゼロ世代』(フィルムアート社)『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「朝日新聞」「キネマ旬報」「TV Bros.」「週刊文春」「メンズノンノ」「映画秘宝」などで定期的に執筆中。

■公開情報
『テッド・バンディ』
12月20日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
原作:エリザベス・クレプファー『The Phantom Prince: My Life With Ted Bundy』
脚本:マイケル・ワーウィー
監督:ジョー・バリンジャー
出演:ザック・エフロン、リリー・コリンズ、カヤ・スコデラリオ、ジェフリー・ドノヴァン、アンジェラ・サラフィアン、ディラン・ベイカー、ブライアン・ジェラティ、ジム・パーソンズ、ジョン・マルコヴィッチ
提供:ファントム・フィルム、ポニーキャニオン
配給:ファントム・フィルム
(c)2018 Wicked Nevada,LLC

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