『スカーレット』は本来の「連続テレビ小説」に立ち返る? 日常に隠れたツボを見つける水橋文美江の作家性

『スカーレット』脚本・水橋文美江の作家性

 「丁寧な暮らし」だけではない。女が男と並んで社会で働こうとする先輩としてのちや子と喜美子の関係性や、幼馴染・照子(大島優子)との気のおけない関係(幼い頃、キスまでしている)など、女子同士の関係性の機微を書いているところも見応えがある。喜美子は、姉のような人には甘えることもあれば、口紅を買ってあげたい、お茶漬けつくってあげたいと思い、幼馴染には安心してわざと雑に扱い(もちろん愛情がある)、妹たちを母のように守ろうとするなど、相手によって違う顔を見せる。思えば、ふだんの我々だってそういうものだが、フィクションだと意外と一面的な役割(たとえば、気丈な子、優しい子、みたいな)ばかりが描かれていく。善悪は紙一重とかそういう難しい問題以前に、人間は相手によって役割を変えるのだということをそれこそ丁寧に描くことで、主人公の魅力が広がる。とくにこれからは「娘」「妻」「母」……そういう決まった役割だけではないことをもっと描いていっていいはずなのだ。


 脚本を書いているのは、水橋文美江。90年代から脚本家として活動しているベテランはまだバブルの余韻の残る華やかなドラマが多かった時代に、地道に生きる人達を描くドラマを担当することが多かった。大ヒットした作品は、ひうらさとるの漫画を原作にした『ホタルノヒカリ』(日本テレビ系、07年)。職場ではできる女だが、家に帰るとダラダラゴロゴロしている「干物女」(綾瀬はるか)が部長(藤木直人)と恋する、働く女の生活のリアリティとそれを受け入れてくれるイケメンの恋人というドリームとの二段重ねで人気を博し、パート2、映画もできた。17年には、息子を誘拐された母(沢尻エリカ)と誘拐された子を7年育てていた育ての母(小池栄子)、ふたりの女の各々の生き方、そして関係性を魅力的に書いたオリジナル『母になる』(日本テレビ系)が注目された。

 19年には、森絵都の小説原作で土曜ドラマ『みかづき』(NHK総合)で学習塾を経営する夫婦(高橋一生、永作博美)を描いた。彼らの恋愛に至るまでのやりとりから、夫婦で共同経営者になってからすれ違っていく関係までスリリングに描き、これを朝ドラで見たいという視聴者の声もあったほどで(私もそう思ったひとり)、その後の『スカーレット』ということで期待はしていた。フィクションだからこそのありえないことではなく、思いつかなかったけど、書かれてみると、なんかわかる、しっくりくるというような日常に隠れたツボを鋭く優雅に見つけていく知性的な作家だ。

 あたかも魔法の指をもっているリラクゼーションの施術師みたいな水橋の書く朝ドラは、「ナレ死」とか「伏線回収」とかSNSでわいわい消費されやすいネタが満載のドラマではなく、じっくり間合いや言動の裏側を感じて味わうドラマ。朝ドラが毎回、こういうタイプであれとは思わないが、何作かに一作はこういうものがあって良い。

 いまのところ、喜美子が初恋に破れたばかりで父に結婚をすすめられても興味をもっていない。結婚して家庭に入る生き方とは違うことを目指している。やがて結婚して子供ももちながら仕事に励むようだが、妻として母として働く者として自立していったときの喜美子を水橋文美江がどう描いていくか、これからが本番である。

■木俣冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメ系ライター。単著に『みんなの朝ドラ』(講談社新書)、『ケイゾク、SPEC、カイドク』(ヴィレッジブックス)、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』(キネマ旬報社)、ノベライズ「連続テレビ小説なつぞら 上」(脚本:大森寿美男 NHK出版)、「小説嵐電」(脚本:鈴木卓爾、浅利宏 宮帯出版社)、「コンフィデンスマンJP」(脚本:古沢良太 扶桑社文庫)など、構成した本に「蜷川幸雄 身体的物語論』(徳間書店)などがある。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『スカーレット』
NHK総合にて、2019年9月30日(月)〜2020年3月放送予定
出演:戸田恵梨香、北村一輝、富田靖子、桜庭ななみ、福田麻由子、佐藤隆太、大島優子、林遣都、財前直見、マギー
水野美紀、溝端淳平、木本武宏、羽野晶紀、三林京子、西川貴教、松下洸平、イッセー尾形 ほか
脚本:水橋文美江
制作統括:内田ゆき
プロデューサー:長谷知記、葛西勇也
演出:中島由貴、佐藤譲、鈴木航ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/scarlet/

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