『おっさんずラブ』が描いてきた“本当に大切なこと”  過去作の振り返りと新シリーズへの期待

『おっさんずラブ』が描いてきた“本当に大切なこと”

一般的な思い込みに対する反論

 また、なにより興味深いのが、連続テレビ版で内田理央が演じた幼なじみのちず役と同じポジションにあたる、宮澤佐江が演じた会社の同期・あすかである。春田が恋の悩みを打ち明けることができる存在で、あすかも春田に好意を持っている。ただ違うのは、家事全般なんでもできる長谷川と比較するかのように示される、散らかったあすかの部屋と、冷凍食品と栄養補助食品が表す家事全般の不得意さだ。ここで2016年版が示していたのは、「男性は家事ができなくても許されるが、女性は家事ができるのが当たり前」という一般的な思い込みに対する反論である。家事ができる男性がいる一方で、家事ができない女性もいて当然なのである。

 いわば逆説的視点が示された上で、春田はあすかを置いて長谷川を追いかける。にも関わらず、なおも「俺は女が好きなんだから絶対に付き合わない」と断言する頑なさを持ち続ける春田は、長谷川にキスされる。それによって、自分の価値観が揺らぎ、今度は春田のほうから長谷川にもう一度キスをせがむ。ここで、それまで武蔵や長谷川とちゃんと向き合おうと努力しつつも、社会で一般的とされる価値観に支配され、従順であり続けようとしてきた春田は初めて、あらゆる制約から解き放たれ、自身の本当の感情に素直になるのである。2016年版は、本当に大切なことは、社会によって植えつけられた常識や価値観を超えたところにあるのだということを簡潔に示し、春田の心が最初に溶けるきっかけを作った。これが全ての始まりだったのである。

さらなる“ファンタジー”になったとしても……

 連続ドラマ版は、牧をはじめ、自分より好きな人の幸せを一番に思って行動してしまう優しくてキュートで、ユニークな登場人物たちがいる、いろんな「好き」で溢れた世界になっていた。2016年版よりも少し柔軟で寛容になったかのように思える春田は、2016年版が呈示した、「好き」というだけではなぜだめなのかという問題を探求し続けた。

 映画になって、爆発したり誘拐事件が起こったりとやたらスケールが大きくなったが、やっていることは記憶喪失と「君の名は?」と、それぞれにシンデレラのおっさんたちの靴を誰が履かせるか問題である。春田と牧の痴話喧嘩は、天空不動産のメンバーと新キャラクターたちによってどこまでも壮大に燃え上がって、穏やかに終わりを迎えた。

 だから、例え『おっさんずラブ』がさらなるファンタジーの世界に飛んでいったところで、スタッフ含め、彼らは変わらず、我々に教えてくれるのではないか。「人を好きになる」ことの素晴らしさや苦しさを。そしてもちろん、面白さを。それを信じて、今夜の放送を待とう。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住の書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■放送情報
土曜ナイトドラマ『おっさんずラブ-in the sky-』
テレビ朝日系にて、11月2日(土)スタート 毎週土曜23:15~24:05放送
出演:田中圭、千葉雄大、戸次重幸、佐津川愛美、木崎ゆりあ、鈴鹿央士、片岡京子、MEGUMI、正名僕蔵、吉田鋼太郎
エグゼクティブプロデューサー:桑田潔(テレビ朝日)
ゼネラルプロデューサー:三輪祐見子(テレビ朝日)
プロデューサー:貴島彩理(テレビ朝日)、神馬由季(アズバーズ)、松野千鶴子(アズバーズ)
脚本:徳尾浩司
演出:瑠東東一郎、Yuki Saito、山本大輔
音楽:河野伸
制作著作:テレビ朝日
制作協力:アズバーズ
(c)テレビ朝日
公式サイト:https://www.tv-asahi.co.jp/ossanslove-inthesky/

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