『ジョーカー』が際立った作品に仕上がった3つの理由 一見シンプルだが考えれば考えるほど複雑に

『ジョーカー』が秀作となった3つの理由

 そして3つ目は、この映画の構造だ。本作は1人の狂人の姿を追った映画であり、同時に観客を混乱させる作品である。見終わったあとに他人とあらすじを語り合ったとき、おおむね一致しても、絶対に細かいズレが生じるはずだ。「あれってそういうシーンじゃないの?」「それってああいう意図じゃないの?」「本格的にジョーカーとして覚醒したのは、あのときからじゃないの?」「いや、そもそも……」などなど、解釈の違いが起きるだろうし、アーサーというキャラクターについて話し合ったときも、恐らく意見が割れるだろう。つまり観客は、同じ映画を観ていたはずなのに、他人と自分が違う物語を読み取っていたと気づかされるのだ。そして、それが「自分の感覚が世間一般とズレているかもしれない」という不安に至ったとき、本作の真の魅力が顔を出す。他人とのズレ、ひいては世間一般とのズレに対する不安は、そのまま劇中のアーサーの不安と、そのズレによって壊れていったアーサーの姿に結びつく。しかもアーサーは不安の先に悪のカリスマ“ジョーカー”になってしまうのだからタチが悪い。こうした不安には、ある種の成功があるかもしれないよ、と示しているのが非常に凶悪だ。

 本作は単純であり複雑だ。こういう話かと納得できたと思っても、少し考えるうちに「納得」を覆す小さな取っ掛かりに気づき、また考え込んでしまう。ホアキン・フェニックスの演技力、“ジョーカー”が既に確立している知名度とキャラクター性、シナリオ・演出面での技巧。本作は映画を構成する全ての要素を使って観客の感情を動かす、まさに感動映画と言えるだろう。ただし、感情が動いた先が良いか悪いかは、誰も保証してくれないが。

■加藤よしき
昼間は会社員、夜は映画ライター。「リアルサウンド」「映画秘宝」本誌やムックに寄稿しています。最近、会社に居場所がありません。Twitter

■公開情報
『ジョーカー』
全国公開中
監督・製作・共同脚本:トッド・フィリップス
共同脚本:スコット・シルバー
出演:ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved” “TM & (c)DC Comics”
公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/jokermovie/

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