三谷幸喜は意図しなかった!? 『記憶にございません!』寓話だからこそ生まれてしまう現実との比較

『記憶にございません!』はホームドラマ

 一方、政治モノとしてはどうなのか? 同パンフレットに収録されたインタビューの中で三谷は「僕が作るコメディって、パロディの要素はほとんどないし、風刺喜劇でもないんですね。特に風刺は苦手。主義主張のために、自分の作品を使いたくないんです。だから今回も現実の政界を批判する気は最初からなかった」と語っている。

 確かに本作は、現代日本の政治状況を風刺した作品ではない。黒田の支持率は2.3%。劇中に登場するアメリカ大統領は木村佳乃が演じる日系人の女性であり、現在とはだいぶ違う世界だ。その意味でシチュエーションコメディの舞台装置として政界が選ばれているだけで、現実と切り離された寓話とも言える。

 だが、三谷は意図していなかったのかもしれないが、寓話だからこそ現実の日本の姿と比較しながら観てしまうという、歪んだ鏡のような効果が生まれているのが、本作の面白さであり恐ろしさだろう。はっきり言って、映画の世界の方が、消費税が10%になった今の日本よりも、マシな世界である。

 同時に、政治を題材にしたことで、三谷の中にあるプリミティブなものが滲み出ているのも本作の魅力である。黒田は小学生時代の恩師・柳友一郎(山口崇)を官邸に呼び、政治を一から教えてほしいと頼む。

 三権分立や憲法の3原則(国民主権、平和主義、基本的人権の尊重)について嬉しそうに話す黒田の姿は、いい年の大人、しかも総理大臣が初歩の初歩の話をしているというギャグなのかもしれないが、この学び直そうという姿勢にこそ、一番希望のようなものを感じた。

 本作のプロトタイプと言える1997年のテレビドラマ『総理と呼ばないで』(フジテレビ系)の最終話でも、田村正和が演じる総理が退陣会見の場で日本国憲法の前文のさわりを自分の言葉で話した後で「政治を見捨てないでほしい」と熱弁するのだが、なんだかんだ言って三谷は戦後民主主義と日本国憲法を信頼している。だからこそ、こんな前向きな映画を作ったのだろう。

 陪審員制度を題材にしたハリウッド映画『十二人の怒れる男』への返歌と言える初期の代表作『12人の優しい日本人』から現在に至るまで、三谷の作品にはクラシカルなハリウッド映画に対する憧れと敬意がある。それは、アメリカから与えられた日本国憲法に対する愛情と極めて近いものだ。

 日本国憲法はハリウッド映画のセットのような書き割りの世界だったかもしれないが、それでも今までうまくやってきたじゃないか。だったら、私たちは、このお芝居を演じ続けようじゃないか。そんな想いが、消費増税分ぐらいは込められた映画である。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■公開情報
『記憶にございません!』
全国公開中
監督・脚本:三谷幸喜
出演:中井貴一、ディーン・フジオカ、石田ゆり子、草刈正雄、佐藤浩市、小池栄子、斉藤由貴、木村佳乃、吉田羊、山口崇、田中圭、梶原善、寺島進、藤本隆宏、迫田孝也、ROLLY、後藤淳平(ジャルジャル)、宮澤エマ、濱田龍臣、有働由美子
製作:フジテレビ、東宝
制作プロダクション:シネバザール
配給:東宝
(c)2019 フジテレビ 東宝
公式サイト:https://kiokunashi-movie.jp/

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