『アス』はアメリカ社会の暗部を映し出す 黒沢清に重なるジョーダン・ピールの作家性

松江哲明の『アス』評

 テザードたちの武器がハサミというのも秀逸でした。80年代までのホラー映画のキャラクターたちは、CGなどの技術がまだ発達していないこともあり、“手作り”で生み出されていました。『悪魔のいけにえ』レザーフェイスのチェーンソーや、『13日の金曜日』ジェイソンのホッケーマスク、『エルム街の悪夢』フレディのグローブと、今日まで語り継がれるキャラクターには、シンボルとなるアイテムがあり、どれも現実に用いられているものだからこそ、生々しい恐怖があった。本作のテザードたちがハサミという非常に身近なものを武器としているのも、ピール監督がそれらの作品を観て育った世代だからだと思いました。デザインも奇妙な美しさが感じられ、恐いのに目が離せないというホラーならではのアイテムとなっていました。

 先日、ホアキン・フェニックス主演の『ジョーカー』を観ていても感じたのですが、アメリカの社会を映し出す作品が、アメコミ映画や、本作のようなホラー映画といったジャンル映画から今は生まれているのが非常に面白いなと思います。90年代まではオリバー・ストーン監督を筆頭に、実際の事件などを題材としたザ・社会派映画が多数ありました。でも、現在は少なくなってしまい、かつてのように論争を巻き起こすこともありません。もはや実際にあったことを題材にするだけでは、観客も刺激を受けなくなってしまったのかもしれません。一方、ジャンル映画も楽しいだけ、怖いだけでは受け入れられなくなっているのだと思います。だから、キャラクターだけを利用したとも言える『13日の金曜日』『エルム街の悪夢』のリメイク作はまったくヒットしませんでした。

 だからこそ、『ゲット・アウト』に続き、『アス』でもアメリカ社会の今を映し出したピール監督は期待に応えた上で自身のオリジナリティを確立させたと思います。これまで高い評価を受ける黒人監督の作品と言えば、スパイク・リー監督に代表されるように、“黒人監督だからこそ描けた人種問題”といったような非常にストレートなメッセージがありました。そして、そこにブラックムービーとしてのブームのようなものも生まれた。ただ、それは“本流”ではないからこそ生まれたブームであり、いわば黒人監督の“特別”な作品だったわけです。でも、今はライアン・クーグラー監督作『ブラック・パンサー』しかり、『ゲット・アウト』しかり、もはや特別な作品ではなく、いい意味で“普通”の作品になっている。そこが凄いです。

 あのブームを知っているからこそ、今の状況には驚かされるのですが、思えばアメリカ映画とは、そういった作り手のエネルギーを吸収するかのように進化していったのです。映画の最前線であり続けると同時に、世界中の観客を魅了する映画を生み出す状況はまだ、変わらないでしょう。私はこのような作り手が出てくるからこそアメリカ映画は面白いな、と思わされるのです。

(取材・構成=石井達也)

■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』、2017年には『山田孝之のカンヌ映画祭』の監督を山下敦弘とともに務める。最新作はテレビ東京系ドラマ『このマンガがすごい!』。

■公開情報
『アス』
全国公開中
監督・脚本・製作:ジョーダン・ピール
製作:ジェイソン・ブラム
出演:ルピタ・ニョンゴ、ウィンストン・デューク、エリザベス・モス、ティム・ハイデッカー、シャハディ・ライト・ジョセフ、エヴァン・アレックス、カリ・シェルドン、ノエル・シェルドン
ユニバーサル映画
配給:東宝東和
(c)2018 UNIVERSAL STUDIOS (c)Universal Pictures
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