『だから私は推しました』が可視化した、“地下アイドル”というインディーズカルチャー

『だから私は推しました』総論

 本作の要となる地下アイドル現場やアイドルオタクの描写も的確で、丁寧に取材されていたと思う。

 中でも小豆沢大夢(細田善彦)たち現場に集う今どきのアイドルオタクの描写は秀逸だ。オタクと言うと、グッズに固執して、知識でマウンティングするコミュニケーションが下手な独身男性というイメージで描かれがちだが、アイドルオタク、特に地下アイドルのような狭いコミュニティには、コミュニケーションスキルが高い社交的な人も多い。地下アイドルの現場の場合、ファンと運営の距離が近く、喋る機会も多く、アイドルと会話することはもちろんのこと、アイドルオタクの側がアイドルの生誕祭のようなイベントを持ちかける機会も多いからだ。

 そのあたりのオタク同士のファンコミュニティで右往左往する小豆沢と愛の姿を通して、今まで顧みられることがなかったオタクたちの生態を、現代的なものに更新できたのは本作最大の功績ではないかと思う。

 もうひとつ面白かったのは、オタクやアイドルを取り巻く競争原理の描写だろう。サニサイのアイドルたちは、ライブ終了後にチェキのサイン会をやるのだが、その枚数によって5人の人気の序列が露わになってしまう。

 また、チェキ券のキックバックがアイドルの収入となるのだが、そのため瓜田がハナのチェキ券を毎回買い占めてしまい、金銭面で彼女を支配する手段となってしまう。そのため、小豆沢たちは運営とかけあい、チェキ券をグループ共通のものとすることで瓜田がハナを拘束することをできなくするという展開が描かれる。こういった地下アイドル市場内での暗黙のルールをめぐる攻防は本作の面白さの一つだ。

 本作で描かれるオタクたちは、現場に通うことで文化祭的な楽しさを味わうのだが、その楽しさの裏側には、彼らの消費を煽るえげつない仕組みが多数存在する。

 それが一番強く現れていたのが、アイドルサマーフェスティバル・ステージバトルロワイヤルの参加をかけた投票合戦だろう。愛は投票システム(フェスのグッズ1500円を買うと投票券を一枚獲得でき、複数買いが可能)がフェアな仕組みでないことに怒りを露わにするが、最終的には積極的にイベントに参加し、投票券を複数買いすることで、サニサイの優勝を勝ち取る。

 こういったオタクの応援する気持ちを逆手にとって消費を煽る手法は、アイドルだけでなく、あらゆる場所でおこなわれているものだ。おそらくスマホゲームで課金することに慣れている今時のオタクはゲーム感覚で気軽に楽しんでいるのだろうが、個人的には見ていて一番辛かった。

 ストーカー化した瓜田と対決するサスペンスは、物語として冷静に見ることができるのだが、こういった課金ゲーム化した競争原理は、避けることができない現実で、地下アイドルのようなインディーズカルチャーが存在する限り、延々と続いていくものである。

 そういったえげつなさを可視化させただけでも、本作が作られた意義はあったのではないかと思う。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■放送情報
よるドラ『だから私は推しました』
最終回再放送NHK総合にて、9月21日(土)午前0時40分から1時9分(金曜深夜)
出演:桜井ユキ、白石聖、細田善彦、松田るか、笠原秀幸、田中珠里、松川星、天木じゅん、澤部佑、村杉蝉之介ほか
作:森下佳子
音楽:蔡忠浩(bonobos)
制作統括:三鬼一希
プロデューサー:高橋優香子
演出:保坂慶太、姜暎樹、渡邊良雄
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/drama/yoru/doruota/

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