『ライオン・キング』は“いま観られるべき映画”なのか 映像表現は革新的だが、価値観は後退!?

『ライオン・キング』の映像表現と価値観

 新しい試みは、それだけではない。本作はCGアニメーションによって、『ライオン・キング』の舞台となるプライド・ランドの風景や動物たちの動きをまるごと作り上げ、そのデータをVR装置を装着したカメラスタッフが実際にカメラを操作し、人の手によるアナログなカメラ操作によって撮影を行ったのだという。このことで、撮影は“完璧でない”実写のそれへと近づき、よりナチュラルでリアリティを感じる映像を作り上げている。

 とはいえ、こうやって作られた圧倒的な映像表現は、それがあまりにも実写映像へと接近していることで、オリジナル版と比べ、「ナショナルジオグラフィックのようで味気ない」と感じる観客もいるだろう。だがリメイクするからには、そこまでやってオリジナル版との違いを見せるからこそ、その存在意義が生まれるともいえるのではないだろうか。オリジナル版の良さを感じたいのなら、オリジナル版を鑑賞すれば良いのだ。

 その一方で、本作のストーリーや演出については、ビヨンセの曲が加えられているなどの細かな違いはあるものの、基本的にオリジナル版をかなりの部分でコピーしていて、ほとんど“アニメそのまま”と感じられるのも確かなことだ。これに関してファヴロー監督は、オリジナル版の完成度が高いため、大きな変更を加える必要がなかったと発言している。しかし、本当にオリジナル版の『ライオン・キング』は、そこまで完璧な作品だったのだろうか。

 本作が提示するのは、「サークル・オブ・ライフ(生命の輪)」という、動植物たちが生まれ、死んでいき、それが次の生命の糧となっていくという死生観であり、それがむき出しのかたちで表れるアフリカのサバンナの魅力であろう。だが、オリジナル版をも含め、本作はそのようなテーマを、ディズニーのいままで描いてきたような“王国”のストーリーに組み込んでしまっている。

 言うまでもなく、実際のサバンナにはライオンを王とみなす動物たちの生態は存在しない。それをファンタジーとして受け取ったにせよ、動物の肉を食らう肉食獣としてのライオンに、草食動物たちが従い忠誠を誓っている様子には強い違和感が与えられる。その矛盾を批評的に描いたのが、ディズニーアニメ『ズートピア』(2016年)であったはずなのだ。

 それでいて、善政を敷いていると描かれているライオンたちが草食動物を狩る実際のシーンは用意されていない。草食動物たちが、自分たちを食べるライオンの王を心の底から尊敬する……などということが、ファンタジーのなかとはいえ、果たしてあるのだろうか。草食動物たちの心理を描いた時点で、本作における善悪の基準や、王国のシステムの素晴らしさなどは一気に瓦解してしまうのではないか。本作で草食動物の立場に立った心理描写は、ほぼ“意図的に”抜け落ちているのだ。

 本作が類似を指摘されることがある、手塚治虫の『ジャングル大帝』では、虫をタンパク源にしたり、人間の研究者が開発し、動物たちの手によって栽培された“人造肉”が肉食獣に提供されるという仕組みを登場させることで、王国の動物の命を奪わない設定を作り上げていた。本作もまた、虫を食べるという描写を加えることで、納得しづらい王国のシステムに解決策を示している。だが、『ジャングル大帝』をも含め、これらの試みが虚しく感じられるのは、実際のサバンナの肉食獣は人造肉を食べたり、虫を主食にはしていないだろうからである。

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