『天気の子』は俳優の声優起用のひな形に 小栗旬や本田翼らキャスティングの効果を考える

『天気の子』から考える俳優の声優起用

役者の持つイメージを巧みに利用した配役

 しかし役によっては、すでに色の付いた、俳優の固定されたイメージを上手く利用する場合もある。例えば、須賀圭介を演じた小栗旬がそうだ。ちょっとやさぐれて人生を諦めてしまっている風だが、その内心にはまだ熱いものを持った兄貴的な雰囲気を持つ須賀に、小栗が演じた映画『銀魂』の坂田銀時をほうふつとした人もいたはず。

 今や若手俳優の兄貴的存在であり、プライベートでは子を持つ親であるところなど、小栗と須賀は重なるところが実に多い。もちろん演技力の高さがあった上で、すでに様々なイメージが持たれている小栗を通すことによって、作中では細かく描かれていない須賀のキャラクター性にまで想像を広げることができるのだ。そうしたパブリックイメージを活用したキャスティングの最たるものが、平泉成が演じた平井刑事だろう。作中で説明もなくすっと出てきても、一発で刑事だと印象づけられた。限られた時間の中で完結しなければいけない劇場アニメにおいて、いかに説明の時間を省くかも大事なテクニックになってくる。

 逆に、役者の顔が出ないアニメ作品ならではの匿名性によって、純粋に芝居だけで勝負できることも俳優にとってのメリットだろう。本作で評価を高めたのは、主人公を助ける女子大生の須賀夏美を演じた本田翼だ。近年のドラマでは編集者、女性刑事、医者、記者などの堅い職業の役柄が多く、眉間にしわを寄せた重々しい演技が多く見られた。本作では一転、どこか冷めているのに興味があることにはグイグイと首を突っ込んでいく、いかにも今どきの20代女性といった役がハマった。テンションが高くコロコロと変わる表情は、バラエティ番組で見る素の本田に近いといった印象で、いい意味で肩の力が抜けている。実にニュートラルな演技で、見終わった後で「そう言えば本田翼だったのか」と気づいた人も多いだろう。本田にとっても新しい引き出しを開いたようで、実写ではなかった最近あまりなかった役柄で、新たな魅力を輝かせている。

 俳優が、アニメ映画に出演すること。作品にとってそれは、俳優の持つイメージをさまざまに利用しながら、その役をより監督のイメージに近づけることができるなどの多くのメリットがある。俳優にとっても、映画やドラマとは違う手足の動きを封じられた環境で演技することによって、新たな演技ゾーンへと突入することができる。

 例えば新海監督の前作『君の名は。』に出演した上白石萌音。神木隆之介も10代の頃に出演した『サマーウォーズ』をきっかけに、役者として大きく跳ねた。今回『天気の子』に出演した醍醐虎汰朗と森七菜も、今後の役どころと演技に熱い視線が注がれている。映画『天気の子』が成功を収めたのは、多くの俳優を声優として起用したことも一因としてあるのではないか。今後、俳優を声優として起用する際の、ひな形になり得る理想的作品だと言えるだろう。

※記事初出時、誤表記がございました。訂正の上、お詫びいたします。

■榑林史章
「THE BEST☆HIT」の編集を経て音楽ライターに。オールジャンルに対応し、これまでにインタビューした本数は、延べ4,000本以上。日本工学院専門学校ミュージックカレッジで講師も務めている。

■公開情報
『天気の子』
全国東宝系にて公開中
声の出演:醍醐虎汰朗、森七菜、本田翼、吉柳咲良、平泉成、梶裕貴、倍賞千恵子、小栗旬
原作・脚本・監督:新海誠
音楽:RADWIMPS
キャラクターデザイン:田中将賀
作画監督:田村篤
美術監督:滝口比呂志
(c)2019「天気の子」製作委員会
公式サイト:https://www.tenkinoko.com/

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