広瀬すずの“ありえないような幸運”に刻まれた『なつぞら』の本質 なつと坂場の“開拓宣言”を受けて

『なつぞら』なつと坂場の“開拓宣言”

 そしてなにより、このドラマにおいて一貫して描かれているのは、「個人」と、家族や会社といった「組織」の間のジレンマだろう。北海道編では泰樹(草刈正雄)と農協の戦いが長い時間をかけて描かれ、イプセンの『人形の家』を契機に雪次郎(山田裕貴)は、家を継いで菓子職人になるという規定路線から逸脱し役者を志すが、あっけなく挫折して北海道で家業に邁進する。女の自由と本来の幸せを追求してきた夕見子(福地桃子)は、「駆け落ち」で社会に戦いを挑んだが成功には至らず、地元の農協で働く道を選ぶ。ありがちと言えばありがちな挫折。このドラマに抵抗を感じる人は、そんな個人の戦いと敗北のあっけなさに憤りを感じるのかもしれない。

 18週において描かれたのは、「そろばん」からはじき出された芸術に対する憤りから、自分たちのやりたいように映画を作ろうとした坂場と神地の挑戦と、若さゆえの未熟さとその自覚であり、最終的に、興行成績という「そろばん」上の結果に他ならぬ坂場自身が揺り動かされてしまった。坂場たちが作り上げた作品は後の世で語り継がれることになる傑作になるであろうことは間違いないが、会社の忠告に背き自由を選んだ代償は、会社の管理体制を厳しくし、待遇面で他の多くの社員を巻き込むほど大きかったこともまた匂わされている。

 個人が組織の方針に抗い、勝つことは簡単なことではない。生半可な思いでは自由や夢は勝ち取れない。本当は、その運命に従ったほうが彼ら自身の本来の幸せであり、「置かれた場所」を耕すことも立派な開拓であることも間違いない。雪次郎や天陽のように。それでもそれに抗い、ゼロから新しい何かを作り出そうとするなつや坂場たちがいる。

 坂場が、「幸せにする」才能を否定しても、「あなたの人生を作ります。一生かけて。必ず傑作にします」と、自身の物語を作る才能をもって彼女を幸せにしようと心に誓ったことは、仕事を失ってもなお、製作に対する自信の揺るぎなさを感じさせる。また、今後作っていくことになるだろう彼のモデルと思われる高畑勳が手がけた多くの作品(『アルプスの少女ハイジ』や『火垂るの墓』等)に、これまでのなつの人生の複数の場面を重ねずにはいられない。それだけに、坂場のプロポーズは、彼らがこれから2人で“開拓”していくことになるアニメーションの世界への開拓宣言であるとも言えるのである。

 彼らは、新たにどんな「ありえないこと」を作り出そうというのだろうか。しっかりと見届けたい。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住の書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■放送情報
連続テレビ小説『なつぞら』
4月1日(月)〜全156回
作:大森寿美男
語り:内村光良
出演:広瀬すず、松嶋菜々子、藤木直人/岡田将生、吉沢亮/安田顕、音尾琢真/小林綾子、高畑淳子、草刈正雄ほか
制作統括:磯智明、福岡利武
演出:木村隆文、田中正、渡辺哲也ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/natsuzora/

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