アリエルの黒人歌手起用から考える、ディズニーの“進歩主義”的姿勢と女性キャラ表象の歴史

 1989年に公開された『リトル・マーメイド』は、59年『眠れる森の美女』以来のディズニー・プリンセス映画だった。この30年の間、アメリカではウォルト・ディズニーが逝去し、フェミニズム・ムーブメントや公民権運動が起こっている。スタジオも社会も大きく変わっていたのである。その勝負どころで誕生した人魚姫のアリエルは、ストーリー・アーティストを務めたエド・ゴンバートによると「ウォルトの時代とはもう違う」直感によって描かれたキャラクターだ。実際、このカリフォルニア風の赤毛をなびかせる少女は、それまでの比較的温和なプリンセスたちとは異なっていた。アリエルは好奇心旺盛で活発だったし、父親の教えにそむいて人間の世界に行ってしまう。さらには貝殻のビキニは当時では刺激的だったため、メディアからは「もっともセクシーなディズニー・プリンセス」と呼ばれた。公開当時、評論家ロジャー・イーバートは以下のように賞賛している。

「アリエルは画期的な女性キャラクターだ。受動的ではなく、独立して考え行動し、ときに反抗的ですらある。彼女は頭がよく、自分自身のためにものごとを考える。観客は彼女のたくらみに共感するのだ」(RogerEbert.comより意訳)

 革命的な『リトル・マーメイド』は大ヒットを記録し、アカデミー賞にまで到達。ディズニー・ルネサンス最初期の作品に位置づけられることとなった。

『リトル・マーメイド』(c)Disney Enterprises, Inc.

 ただし、アリエルを演じたジョディ・ベンソンは、バックラッシュにも見舞われることとなる。大きかったのはキリスト教保守派層からの反発だ。90年代に入ると、国内最大級の宗教派閥、南部バプテスト連盟SBCが「反(伝統的)家族」なディズニー社へのボイコット運動を開始。2005年まで続いたこの運動は、同社のゲイ・フレンドリーな指針が主要因とされたが、ベンソンによると、ビキニ姿の娘が父親に反抗する『リトル・マーメイド』も敵視されていたようだ。事実、保守派グループのアメリカン・ライフリーグは、本作を「セックス暗喩」だとするボイコット運動を展開させていた。1997年にUSA Weekendが実施した調査では、SBCによるディズニー・ボイコットの是非は賛成49.5%、反対50.5%。ディズニー社が進歩主義的な姿勢を押し進め賛否をかもす状況は、すくなくとも1990年代から存在したと言える。

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