フランス全土に漂う“倦怠感”を物語る 『シンク・オア・スイム』に滲み出る生々しい哀愁

『シンク・オア・スイム』が映すフランス

 自分が10代から20代の頃、フランスのカルチャーの「カッコよさ」や「オシャレさ」を象徴していた存在が、今ではブクブクに太って、禿げ上がって、「みっともない中年」の代表みたいな役にぴったりとハマっていることに衝撃を受けつつも、自分自身、彼らとまったく同じだけの年月を過ごしてきたということを顧みないわけにはいかない。映画自体は(フランスで大ヒットしたことや、題材からも想像できる通り)終盤にむけて大きなカタルシスと感動をもたらしてくれる爽快な作品なのだが、そこからどうしようもなくはみ出てくる生々しいペーソス(哀愁)こそが、自分にとっては最大の魅力だった。

 もう一つ、基本的には純粋なエンターテインメント作品であるこの『シンク・オア・スイム』が意外に大きな意味を持っているのではないかと思えるのは、本作が2018年10月25日にフランスで公開されて、しばらく興収ランキングのトップを独走したということ。毎週土曜日、現在もまだ続いているフランス全土の「黄色いベスト運動」が始まったのは2018年11月17日だった。第二次大戦以後におきたフランスのデモの中で最も大規模で、最も長期間にわたっているこの運動。もちろん、この『シンク・オア・スイム』が何かのきっかけになったわけではないだろうが、本作でシンクロナイズドスイミングのチームを結成する「中所得層以下の白人中年男性たち」こそがまさにその運動の中心となっていること、そして同時期に本作が国民的ヒット作になったことを考えると、特にフランス以外の国に住む我々にとっては理解の手がかりの一つにもなるのではないだろうか。作品を観終わった後にジル・ルルーシュ監督の「僕の世代の人々、もっと包括的に言うと、この国全体に感じる“倦怠感”について語りたかった」という言葉を思い出した時、ハッとさせられることは少なくない。

『シンク・オア・スイム イチかバチが俺たちの夢』本編映像

■宇野維正
映画・音楽ジャーナリスト。「MUSICA」「装苑」「GLOW」「Rolling Stone Japan」などで対談や批評やコラムを連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)。最新刊『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア)。Twitter

■公開情報
『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』
7月12日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかロードショー
監督:ジル・ルルーシュ
脚本・脚⾊:ジル・ルルーシュ、アメッド・アミディ、ジュリアン・ランブロスキーニ
出演:マチュー・アマルリック、ギョーム・カネ、ブノワ・ポールヴールド、ジャン=ユーグ・アングラード
配給:キノフィルムズ/⽊下グループ
2018/フランス/スコープサイズ/122 分/カラー/フランス語/DCP/5.1ch/⽇本語字幕:加藤リツ⼦/原題:Le grand bain/英題:Sink or Swim/PG-12
(c)2018 -Tresor Films-Chi-Fou-Mi Productions-Cool industrie-Studiocanal-Tf1 Films Production-Artemis Production
公式サイト:http://sinkorswim.jp/

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