“たった一度の情事”が愛し合う恋人たちを破滅に至らせる 『追想』音楽が担う重要な役割

『追想』音楽が担う重要な役割

 フローレンスを演じたシアーシャ・ローナンは、過去にもイアン・マキューアン原作映画に出演している。それが『つぐない』(2007年)である。同作を監督したジョー・ライトは、そのオーディオコメンタリーの中で、ローナンが幼少期を演じた人物の老年期の顔をクロースアップで映し出したショットに、「人間の顔は美しい。老人の顔は美しい」と発言している。本作では、フローレンスの老年期をそのままローナン自身が演じているが、時が刻まれた、美しい老いた顔が彼女の奏でる音楽と共に映し出される。ちょうど、かつてのブリティッシュ・ニュー・ウェイヴの映画たちがそうであったように、本作は原作者が脚本も担当しているが、マキューアンは映画化に際して、小説のその後を描くことを決めた。それが老年期のパートである。エドワードは彼女が舞台で奏でる音楽を聴き、涙を流す。くだんの小説『音楽』の結末では、不感症の女が性的問題を解決できたことを、「音楽が起こる」と表現される。音楽を通して心を通わせた彼らは、初夜で成し遂げられなかった行為を、音楽を通してようやく成し遂げたようである。

 道端でたやすく喧嘩に走ってしまうような粗野な彼のことを、彼女は確かに愛していた。彼もまた、いつも眉間にしわを寄せ、難しいことを考えている真面目な彼女のことを、確かに愛していた。ただ、掛け違えてしまったボタンを是正するには、彼らはあまりに幼く、愚かだったのだ。特に彼にとっては、脳損傷を患った母親を見てきたがために、女性は不可解な存在であり、受難の対象でもあったのかもしれない。

 初夜を終え、広大な海に両脇を挟まれたチェジルビーチの細長い浜の上、二人は断絶を迎える。このシーンのラストショットで彼女はフレームの外へと撤退し、彼はその場に立ちすくみ続ける。青のワンピースを装う彼女の姿は、彼には底の知れない海のように見えただろうか。

■児玉美月
大学院ではトランスジェンダー映画についての修士論文を執筆。
好きな監督はグザヴィエ・ドラン、ペドロ・アルモドバル、フランソワ・オゾンなど。Twitter

■リリース情報
『追想』
DVD発売中

価格:¥3,800+税
仕様:本編音声:1.英語 ドルビーデジタル 5.1chサラウンド 2.日本語 ドルビーデジタル 2.0chステレオ/字幕 1.日本語字幕/片面1層

【特典映像】
・キャストインタビュー
・予告編

出演:シアーシャ・ローナン、ビリー・ハウル、エミリー・ワトソン、アンヌ=マリー・ダフ、サミュエル・ウェスト
監督:ドミニク・クック
原作・脚本:イアン・マキューアン(原作『初夜』村松潔訳、新潮クレスト・ブックス)
発売・販売元:TCエンタテインメント
提供:東北新社、STAR CHANNEL MOVIES
2017年/イギリス/110分/シネマスコープ
(c)British Broadcasting Corporation /Number 9 Films (Chesil) Limited 2017

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