【ネタバレあり】『アベンジャーズ/エンドゲーム』が描いた正義のあり方を考察

『エンドゲーム』が描いた正義のあり方

サノスの大虐殺に正義はあったのか

 さて、本作が描こうとした大きなテーマとは何だったのだろうか。以前筆者は、前作『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』における“真の衝撃”とは、大殺戮者であるサノスであっても、家族を愛する感情があり、“正義”を掲げることによって、宇宙を救うために行動していたということを述べた。(参考:【ネタバレあり】『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』の“真の衝撃”を読み解く

 サノスによって正義という概念が揺るがされるなかで、本作は、それに代わる「本当の正義とは何か」ということを描かなければならない作品である。サノスの理想を実現させた世界は、本作では暗く荒れ果てたものとして描かれる。それを端的に表しているのは、ホークアイの悲劇であろう。家族を全て失った彼は、絶望のなかで人殺しなど裏家業に従事することになってゆく。このような家庭の崩壊、人間性の破壊が、宇宙全体で無数に起こったはずだ。こんな事態を引き起こすことが、“正義”などと呼べるだろうか。

 人間が半分に減れば、あらゆる活動が衰え、持続可能でクリーンな社会が実現するかもしれない。その一方で、あらゆる可能性も半減する。その消えたなかには未来を救うアイディアを持った者もいるかもしれないのだ。

 本作に訪れた世界は、現実の社会の未来を予感させるものでもある。力のある者によって、多様な価値観や可能性が、問答無用で排斥され、制限される。民衆が力を合わせて未来を切り拓いていくのでなく、力を持ったごく一部の人間による決断が、市民の運命を決めるのである。愛する家族をすら犠牲にしたサノスの行動は、「もう一つの“正義”」などではなく、正義を騙った“悪”に過ぎなかったのだ。本作では、その正体がついに露見し、その裏に隠されていた邪悪な感情がはっきりと姿を現す。

アベンジャーズが復権させる正義

 「正義の暴走は恐ろしい」という常套句がある。正義を信じている者たちは罪悪感がないために歯止めがきかないので、何をするか分からないと。そして、戦争はお互いが正義と信じている同士の殺し合いであるのだと。それは、ちょっと聞くと正しいように思える。だが、例えばナチスドイツの行った大量虐殺というのは、果たして本当に正義を信じた者による決定だったかといえば、そんなことはないはずだ。正義の暴走が恐ろしいのではなく、もともと“悪”でしかあり得ないものを“正義”だと偽り、それを力によってなし崩しに押し通そうとすること、そして、一人ひとりが善悪の判断を怠って思考停止に陥り、そんな悪に従ってしまうことこそが、大きな問題なのではないだろうか。

 たしかに、正義をなそうとする際に問題が生まれることはある。それが、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』で問題になった、ソコヴィアでのアベンジャーズの活動による被害だった。(参考:正義VS正義の戦いを描く『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』正しいのはどちら?

 ここで分派した正義は、対立が起こったとはいえ、根っこの部分で相通じるものがある。そして、意見が食い違うからこその多様的な価値観が存在するという意味では、健康的だとすらいえるかもしれない。それらはサノスの語るような、意図的に犠牲者を生み出す“正義”とは全く異なるものである。

 思想や哲学というのは、ヒーローたちがそうしたように、対立し議論を深めながら、より良い方向へ近づくために日々模索していくものであろう。それを指して危険性を述べながら、「どっちもどっち」だと言ってしまうのは簡単だ。しかし、それでは正義も悪も一緒くただという思考へ誘導されてしまい、正義という観念自体が意義を持たなくなってしまう。その意味では、サノスとの最終決戦のなかでキャプテン・アメリカが全てのヒーローたちに向かって号令する言葉は、“正義”というものは確かに世の中に存在するのだということを、宣言しているようにも聞こえてくる。

 さらに、キャプテン・マーベルや、スカーレット・ウィッチをはじめとした、決してサポートにはとどまらない女性陣の強大なパワーや活躍は、ヒーローの多様性を物語るものだ。そしてキャプテン・アメリカが、彼自身の象徴であり、正義の象徴である盾を渡す人物は誰なのかという点にも注目してほしい。

 アメリカでヘイトクライムが急増し、世界の国や地域で排外主義的な思想が広がりを見せ、多様化と単一化の戦いが激化するなか、本作は「どっちもどっち」などという思考停止状態へと逃げようとせず、しっかりと多様化の側の重要性を示し、何が正義か、何が悪かということを、現時点での社会や思想をベースにして、渾身の力で描いている。それを世界中の観客、そして子どもたちに示したことが、本作の最大の功績であると思える。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『アベンジャーズ/エンドゲーム』
全国公開中
監督:アンソニー・ルッソ&ジョー・ルッソ
製作:ケヴィン・ファイギ
出演:ロバート・ダウニー・Jr.、クリス・ヘムズワース、マーク・ラファロ、クリス・エヴァンス、スカーレット・ヨハンソン、ジェレミー・レナー、ポール・ラッド、ブリー・ラーソン
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(c)Marvel Studios 2019
公式サイト:https://marvel.disney.co.jp/movie/avengers-endgame.html

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