『ザ・バニシング-消失-』を作った監督がとにかく恐ろしい 思わず共感してしまう“普通”の犯人像

松江哲明の『ザ・バニシング』評

 レイモンが犯人であるということは、ネタバレには当たらないですし、予告編でも使われていますが、それでもできるだけ前情報なしで本作は観てもらいたいなと思います。作品の魅力を伝えたくても「とにかく観て!」としか言えない部分がある作品なので、この文章もここで止めて、まずは劇場へ(笑)。今は口コミが形になり、ヒットへと繋がっていく時代なので、隠れた傑作扱いだった本作が今回の上映をきっかけに日本でもサスペンス映画の代表作として変わるかもしれません。

 人間の本質を垣間見せるという点においては、ミヒャエル・ハネケやラース・フォン・トリアーの映画が好きな方は、本作も好きかもしれません。ただ、ハネケやトリアーの映画が人間への嫌悪感をにじませるのに対して、本作の場合は人間のユーモアが感じられるのです(だからこそ恐いのですが)。本作の原作の原題である「金の卵」という意味も映画を見終えたら「なるほど!」と思うはずです。人間の恐ろしさとおかしさが同居する感覚は、実録犯罪モノのノンフィクションを読んだときの感覚に近いかもしれません。どんなに危険とされる犯罪者も、生粋の凶悪犯というよりは、歯車が少しずつずれていって、自分でもどうすることもできないうちに犯罪に陥ってしまった状況に共感してしまう、そんな妙なリアリティがこの映画にはあります。

 変な例えかもしれませんが、できれば日曜日のお昼に観て、憂鬱な夕方を迎えてほしいです(笑)。真昼間の外出日和にあえて「ザ・ノンフィクション」のいやーな回と向き合う感覚と書けば伝わるでしょうか。

(構成=石井達也)

■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』、2017年には『山田孝之のカンヌ映画祭』の監督を山下敦弘とともに務める。最新作はテレビ東京系ドラマ『このマンガがすごい!』。

■公開情報
『ザ・バニシング ‐消失‐』
シネマート新宿ほか全国順次公開中
監督:ジョルジュ・シュルイツァー
製作:ジョルジュ・シュルイツァー、アンヌ・ロルドン
原作:ティム・クラッベ
脚本:ジョルジュ・シュルイツァー
撮影:トニ・クーン
音楽:ヘンニ・ヴリエンテン
出演:ベルナール・ピエール・ドナデュー、ジーン・ベルヴォーツ、ヨハンナ・テア・ステーゲ、グウェン・エックハウス
原題:Spoorloos
提供:キングレコード
配給:アンプラグド
1988年/オランダ=フランス合作/106分/カラー/ヨーロッパビスタ
(c)1988 Published by Productionfund for Dutch Films
公式サイト:http://www.thevanishing-movie.com/

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