『キンプリ』は日本の映画界に広がる“応援上映”の先駆者的存在? 観客を巻き込むための様々な工夫

『キンプリ』は“応援上映”の先駆者的存在?

 応援上映を一気に広めた『KING OF PRISM』シリーズは、多くの観客を巻き込むために様々な工夫が凝らされている。ライブシーンでは合いの手や歓声を入れやすいように間を作ったり、あるいは少し過剰なギャグ描写を入れて、観客がそれに突っ込んだりしている。またキャラクターと擬似的に会話ができるように恋愛シュミレーションゲームのように女性のセリフは文字で表現しており、観客はそのセリフを声に出して読み上げると、男性キャラクターがそれに応えてくれるという形になっている。これらの工夫は例えば発声のできない通常の上映や、自宅での鑑賞時には違和感となる可能性もあるが、応援上映で鑑賞すると会場内で一体感が生まれて独特の高揚感が得られる形となっている。

 本作はテレビアニメで放送される同名作品を全4章で劇場上映するものだ。近年では『劇場版 響け!ユーフォニアム~届けたいメロディ~』のようにテレビアニメの総集編であっても再構成の結果、1作の映画としても高い評価を受ける作品も増えているが、今作の場合はテレビアニメをそのまま3話ずつ分割し、上映するという形態を取っている。

 それでは家でテレビアニメとして鑑賞すればいいではないか、という声もあるかもしれない。しかし、上記のような応援上映でなければアイドルとして活躍するライブシーンであるプリズムショーにおいて、観客が振るサイリウムが劇場内でも同じような煌めく光景が広がり、各キャラクターを応援し、劇場内で一体化するライブ感を味わうという今作の最大の魅力を感じることは難しいだろう。

 今作ではそれぞれのキャラクターの過去や、アイドルを目指すことになったきっかけが明かされているが、そちらも世襲制の問題や継承される思いなど、社会的な一面も反映されている。例えば4話においてマダガスカルの現地民が「この自然を残しておけというが、それは発展しないでいいということか? 我々も便利な生活が欲しい」というセリフには観客である私もドキリとさせられた。また5話においては歌が下手であり替え玉を使っているという設定を持つ、コミカルな一面が強調されている敵役の高田馬場ジョージの意外性のある一面が明らかになる。誰でも強い思いと努力を重ねればアイドルを目指せるというメッセージが発揮されていた。

 そしてアイドルとはどのような存在なのか? というキンプリの持つテーマも全体を通して表現されており、それぞれのキャラクターがそれぞれのアイドル像を見つけて精進していく姿に、青少年たちの成長ドラマの魅力も感じさせられる。

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