ジョン・ラセターの移籍は何を意味する? ディズニー/ピクサーにみる、アニメーション界の展望

 カリフォルニア芸術大学では、のちに『リトル・マーメイド』を手がけることになるジョン・マスカーや、『インクレディブル・ファミリー』のブラッド・バードと出会う。彼ら学生が授業を受けた教室「A113号室」は、一部のアニメーターたちのルーツとなり、「A113」という英数字を、ゆかりあるアニメ作家たちが自作の中に登場させている。

 ラセターがディズニーに就職したときには、すでにディズニーは死去しており、会社の勢いや作品のクオリティーは以前に比べ低迷していた。そんな彼が作品づくりに失望しているときに出会ったのが、コンピューター・グラフィックスだった。そのときに彼は立体的な表現に驚き、「これこそディズニーの追い求めたものだ」と思ったのだという。

 その後、CGアニメーション企画を個人的に上層部に売り込んだことによって、ラセターは先輩となるアニメーターたちの反感を買い、結果として会社を解雇されることになる。そこからコンピュータ科学者エドウィン・キャットマルと出会い、ピクサーの前身となる、ジョージ・ルーカスのスタジオ「ILM」コンピュータ部門へと入る。

 ラセターが監督を務めた『トイ・ストーリー』(1995年)からの「ピクサー・アニメーション・スタジオ」の快進撃はご存知の通りだろう。ふたたび低迷を見せていたディズニーに請われ捲土重来したラセターは、ディズニーとピクサー作品の両方を統括する立場となった。CGによって圧倒的な表現力を得たディズニーは、内容的な成功とともに大ヒット作を連発することになる。かつてラセターがCGの可能性に見た、革新性を追っていくディズニーの“スピリット”は間違っていなかったのだ。

 理由はともかく、今後ディズニー、及びピクサーは、ラセターという大きな核を失ったままの制作を余儀なくされることとなる。彼が抜けたクリエイティブ面でのディズニーの後任は、『アナと雪の女王』(2014年)のジェニファー・リー監督、ピクサーの後任は『インサイド・ヘッド』(2015年)のピート・ドクター監督となる。

 一方、ラセターが移籍した「スカイダンス・アニメーション」はどうだろうか。このスタジオは、『ミッション:インポッシブル』シリーズ4作目以降や、製作中の『トップガン:マーヴェリック』など大作を手がける制作会社「スカイダンス・プロダクションズ」の新たなアニメ部門である。製作している長編のアニメーション企画には、『カンフー・パンダ3』(2016年)のアレッサンドロ・カローニ監督による『Luck(原題)』、『シュレック』(2001年)のヴィッキー・ジェンソン監督による『Split(原題)』などがある。これらや、その後の企画には、ラセターの意向が反映され、それを通してディズニーのスピリットが受け継がれることが考えられる。

 ただ、ラセターが加わったことによる懸念もある。「スカイダンス・アニメーション」のスタッフには女性も多い。彼女たちの心理的な不安や、スタジオの求心力の低下など、彼がいることでのマイナス面は無視できないだろう。実際、俳優のエマ・トンプソンは、ラセター加入を受けて、抗議のため“Luck”の声優を降板することを選んだ。ラセターは、そこまでのことをしてしまったのだ。

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