日本だけでなく中国の巨大マーケットでも大ヒット 『グリーンブック』はどうしてウケたのか?

『グリーンブック』はどうしてウケたのか?

 興味深いのは、『グリーンブック』が、日本と同日の3月1日に公開された中国でも、同傾向の作品としては前例のないようなヒットを記録していることだ。初登場3位という順位こそ日本と同じだが、週末だけで17,000万ドル(約19億円)の興収をあげたというから、そのマーケットの大きさには改めて驚かされる。早速アメリカの映画メディアでは「『トランスフォーマー』シリーズや『ワイルド・スピード』シリーズみたいな作品ばかり当たる中国で一体何が起こっているのか?」といった分析(それこそ差別的な態度だが)がされているが、もしかしたらそのヒットの構造は日本と同じかもしれない。

 つまり、国内では深刻な人種差別問題に日常的に向き合うことの少ない日本や中国の観客(言うまでもなく、両国とも民族差別などの問題は大いに抱えているが)にとって、『グリーンブック』はもしかしたらアメリカやヨーロッパの観客以上に、コメディ・テイストのウェルメイドで感動的なハリウッド映画として純粋に楽しめる作品として興味を引いたのではないかということ。そして、実際にその仕上がりもまさに「コメディ・テイストのウェルメイドで感動的なハリウッド映画」の鏡のような作品の『グリーンブック』は、ここからさらにその評判を広げていくことになるだろう。

 アメリカ国内ではアカデミー賞での作品賞受賞を機に、『グリーンブック』はホワイト・スプレイニング(差別をしてきた側の白人が偉そうに人種差別について説教しているような作品)であるとする批判がにわかに巻き起こっているが、そうした複雑な歴史を背景とする文化的衝突とは無縁の国だからこそ、誰もが純粋に一つの映画作品として楽しむことができるのであれば、それはもちろん悪いことではない。また、その成り立ちはともあれ、『グリーンブック』という作品が観客の意識に与える影響は、人種差別撤廃においてプラスになることはあれど、何らマイナスになるような要素はない。ポリティカルな題材をポリティカルに語る作品の価値はもちろんあるとして、それをエンターテインメントとして提示することの足を引っ張るようなことは、時代を逆行させるだけだろう。これまで「黒人差別の問題を扱った映画はヒットしない」と思われてきた日本や中国の観客の好リアクションが、それを何よりも証明している。

■宇野維正
映画・音楽ジャーナリスト。「MUSICA」「装苑」「GLOW」「Rolling Stone Japan」などで対談や批評やコラムを連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)。最新刊『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア)。Twitter

■公開情報
『グリーンブック』
TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
監督:ピーター・ファレリー
出演:ヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ、リンダ・カーデリーニ
提供:ギャガ、カルチュア・パブリッシャーズ
配給:ギャガ
原題:Green Book/2018年/アメリカ/130分/字幕翻訳:戸田奈津子
(c)2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.
公式サイト:gaga.ne.jp/greenbook

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