今年はトランプ大統領が最低主演男優賞に “最低”の映画を決めるラジー賞の社会風刺とユーモア

“最低”の映画を決めるラジー賞の意義

『華氏119』(c)2018 Midwestern Films LLC 2018

 また、ラジー賞は政治的なメッセージ性を持つことも多々ある。第25回ではマイケル・ムーアのドキュメンタリー『華氏911』で批判されたジョージ・W・ブッシュ元大統領に最低主演男優賞が、ドナルド・ラムズフェルド元国務長官には最低助演男優賞が送られ、2年前にはヒラリー・クリントンを批判した『ヒラリーのアメリカ、民主党の秘密の歴史』が最低作品賞を含む4部門受賞でこき下ろされることで、明確に共和党への批判的な姿勢を貫く。そして今年は例によって『Death of a Nation(原題)』と『華氏119』の2作品で、ドナルド・トランプ大統領が最低主演男優賞を受賞。さらにダメ押しのように「ドナルド・トランプと彼の尽きない卑小さ」として最低スクリーンコンボ賞を贈るなど、決してブレない。

『華氏119』(c)2018 Midwestern Films LLC 2018

 そんなラジー賞授賞式の一番の面白さといえば、“最低”と言われながらも堂々と授賞式に出席する受賞者がたまにいることと、正反対の位置にあるアカデミー賞との関係性だ。圧巻の受賞劇を繰り広げた『ショーガール』のポール・ヴァーホーベンや『フレディのワイセツな関係』のトム・グリーンの楽しげなスピーチ。さらにアフリカ系アメリカ人女優初のアカデミー主演女優賞受賞者であるハル・ベリーが、その3年後にラジー賞を獲った際にはオスカー像を持ってセルフパロディで涙のスピーチを披露。また、第30回にはサンドラ・ブロックが史上初となる同一年のアカデミー賞&ラジー賞ダブル受賞を成し遂げ、翌日のアカデミー賞でも受賞できることを確信したかのような余裕の表情で会場の爆笑を誘ったのだ。

 さらに数年前から新設された「ラジー・リディーマー賞(名誉挽回賞)」ではアカデミー賞候補になったことで名誉を挽回したとして、かつて「20世紀で最低」とまで言われたシルヴェスター・スタローンをはじめ、ベン・アフレックやメル・ギブソンが受賞している。しかしアフレックはその2年後、ギブソンはその翌年に再びラジー賞を受賞しており、この“名誉挽回”というもの自体がラジー賞らしいジョークなのだとよくわかる。ちなみに今年はアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたメリッサ・マッカーシーが受賞するものの、同時に別の2作品で最低主演女優賞を獲得するという、何にも挽回できていない結果が実にラジー賞らしい。

 もっとも、日本にも年間のワースト映画を決める賞というのは存在してはいるが、それらとラジー賞とではスタンスが少々異なるだろう。目くじらを立ててワースト映画・俳優を決めるようなことはせずに、一時的な娯楽に留まり映画館を出たら忘れ去られてしまうような“ダメな映画”を、一貫したテーマとユーモア、そして愛情を持って讃える。いわば“ダメ映画のベスト”を決めるといったところだ(おそらく心底救いようのない作品だったら、相手にもされないはずだ)。それを受け入れる観客も映画関係者も懐が広く、ユーモアがわかり、そして何より映画に対する価値観は人それぞれであるということを深く理解しているのだろう。

■久保田和馬
映画ライター。1989年生まれ。現在、監督業準備中。好きな映画監督は、アラン・レネ、アンドレ・カイヤット、ジャン=ガブリエル・アルビコッコ、ルイス・ブニュエル、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

■リリース情報
『華氏119』
4月2日(火)Blu-ray&DVD発売
Blu-ray:4,800円+税
DVD:3,800円+税
収録時間:本編128分+特典映像
特典映像:劇場版予告編
発売元:ギャガ
販売元:ギャガ
(c)2018 Midwestern Films LLC 2018

監督:マイケル・ムーア
出演: アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプ
配給:ギャガ
2018/アメリカ/カラー/5.1chデジタル/原題:Fahrenheit11/9
(c)2018 Midwestern Films LLC 2018 (c)Paul Morigi / gettyimages
公式サイト:https://gaga.ne.jp/kashi119/

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