『クリード 炎の宿敵』に刻まれたドラゴ親子の30年 歪な構造が“奇跡”の作品に

松江哲明の『クリード 炎の宿敵』評

 はっきり言って、本作の構造は変なんです。映画の冒頭も、ラストカットも、映るのはドラゴ親子。『ロッキー4』を見ていない人にはなんと不親切な構成でしょう。しかも試合のシーンで物語の決着を敵につけさせるというのは歪です。止めを刺したのはクリードでもロッキーでもなく、ルドミラですから。しかし作り手がドラゴ側に寄せなければ結末にいけない、という気持ちも分かります。ドラマの厚さが今回は敵の方が圧倒的ですから。だからこそ奇跡の映画になっていると思います。長寿シリーズというのは数多くありますが、『ロッキー』から『クリード』へ、こんなに素晴らしい形で繋げたことは改めてすごいことです。映画って長く観ているとこんなこともあるんだな、と思いました。正直『ロッキー4』は名作とは言い難いです。かつては試合に負けても、別の勝利を手にしたはずのロッキーがアメリカを代表してソ連と戦うという時代を反映した(しすぎた)映画です。80年代ならではの異様なテンションはありますが、『1』にあった奇跡のような映画とは異なります。しかし『クロード 炎の宿敵』には幼い頃にそれらの映画を観て感動したものを、現代的にアップデートしようという志を感じるのです。そしてスタローンの人生で出来なかったことを『ロッキー』というシリーズで描こうという決意も。『クリード チャンプを継ぐ男』の直前に亡くなった実子、セイジ・スタローンへの想いも作品の中に取り入れているのです。スタローン自身の覚悟が本作にはあります。

 また、本作を観て感じたのは、『ロッキー』シリーズであると同時に、紛れもなく2010年代の映画ということ。過去の『ロッキー』シリーズは、作品ごとにテーマを変えてはいるんですが、構造はシンプルで、基本的にはロッキーの物語でしかないんです。有名すぎるエイドリアンも、実は続編では存在が薄いんです。『2』はせっかく勝利するのにテレビで見てるだけでしたし、『3』ではアポロに夫を取られてしまいます。でも、『クリード』2作は、クリード自身だけではなく、妻・ビアンカとの関係、難聴として生まれた娘、前作では癌と戦っていたロッキーのことなど、到底1作品では収まりきれないさまざまな要素を詰め込んでいるんです。だから、続編への種が随所に散りばめられている。そして、上映分数もあわせて長くなる。決して、それが悪いというわけではないのですが、マーベル・シネマティック・ユニバースが象徴的なように、観客をとにかく引っ張るということが、今のアメリカ映画には求められているのでしょう。

 ロッキーとはそんな時代の要望にも応えられるキャラクターなのです。

(構成=石井達也)

■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』、2017年には『山田孝之のカンヌ映画祭』の監督を山下敦弘とともに務める。最新作は『このマンガがすごい!』(テレビ東京系)。

■公開情報
『クリード 炎の宿敵』
全国公開中
出演:シルヴェスター・スタローン、マイケル・B・ジョーダン
監督:スティーブン・ケイプル・Jr.
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2018 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. AND WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
公式サイト:www.creedmovie.jp

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