年末企画:荻野洋一の「2018年 年間ベスト映画TOP10」 映画は失踪し、時には運よく再発見される

荻野洋一の「2018年映画TOP10」

 いくらなんでも『風の向こうへ』の衝撃を語るだけで本稿を終えるわけにはいきません。2位以下についても少し言及しましょう──

 前作『キャロル』が高評価だったトッド・ヘインズ監督だが、最新作『ワンダーストラック』は一転して冷遇された。この作品の価値をきちんと評価したのはジョン・ウォーターズ監督くらいのものだろう。私はジョン・ウォーターズの側に立つ。じっさい2018年公開作品中、筆者が見たものの中で、オーソン・ウェルズの『風の向こうへ』に匹敵するほど五官を圧倒される映画は『ワンダーストラック』を置いて他にはない。『ワンダーストラック』は、母親を事故死で失ったばかりの聾唖の少年が家出して、何も理解できないままニューヨークをさまよう物語だ。それにしてもこの作品だけでなく、2018年はなぜか失踪についての映画をこぞってベストに選ぶこととなった。4位『ラブレス』(アンドレイ・ズビャギンツェフ監督)はモスクワ郊外における失踪少年の捜索にあたり、大ボランティア部隊が結成される映画だし、3位『長江 愛の詩』(楊超 監督)、6位『バルバラ』(マチュー・アマルリック監督)、8位『ウインド・リバー』(テイラー・シェリダン監督)、9位『ロスト・シティZ』(ジェームズ・グレイ監督)、10位『ダウンサイズ』(アレクサンダー・ペイン監督)と、登場人物がそれまで親しんできた世界から失踪する物語ばかりである。

 人は、モノは、移ろいゆく。より冷淡に言うなら、ココからヨソへと失踪するのだ。映画それ自体もまた失踪し、時には運よく再発見される。『風の向こうへ』のように。私たちもいずれは〈風の向こう側〉へと連れ去られ、ココからは失踪するだろう。7位の日本映画『スティルライフオブメモリーズ』(矢崎仁司監督)は、移ろいゆく無常をなんとか写真で、つまりはスティルライフ(静物画のこと)で跡づけようとする苦難の試みだ。この試みはあらかじめ敗北が運命づけられている。それでも残り香くらいは残せるかもしれない。諦めていた『風の向こうへ』を不意に見ることができた2018年、私は映画というモノがいよいよもって、失踪しようとする誰かの後ろ姿の残り香だという、そうした感慨に囚われつつある。残り香という意味では、次点の11位には『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』を、そっと添えるべきなのかもしれない。

TOP10で取り上げた作品のレビュー

『キャロル』は手法上のリハーサル? 『ワンダーストラック』は混乱しつつ、なおかつ透明たりうる
ベルイマン映画に重なる“交わらない視線” 『ラブレス』が提示する、映画の残酷さと凄絶さ
新たな“現代西部劇”創出の予感 『ウインド・リバー』が描く苦痛に満ちた西部史

■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。

■配信情報
『風の向こうへ』
Netflixにて配信中
監督・オーソン・ウェルズ
出演:ジョン・ヒューストン、オヤ・コダール、ピーター・ボグダノヴィッチ

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