『獣になれない私たち』のテーマは近代文学にも繋がる? その凄さの本質を徹底解剖

『けもなれ』の凄さの本質を徹底解剖

役割を求められる女性たち

 ポッキーのCMでニコニコしながらダンスを踊り、キュートな魅力で一気にブレイクしたガッキーだが、その後も常に求められていたのは、まさにそこで見せていた「ガッキースマイル」によるかわいさであり、癒やしの役割ではなかったか。彼女がそのような視聴者や番組制作者の求めに応じ続ける限り、彼女自身が本来持っているはずの地金(じがね)の部分というのは、いつまでも笑顔の裏に隠されたままなのではないだろうか。

 ドラマの中で、無理難題を押し付けてくる社長のデスクに置かれたPCのディスプレイの壁紙には、往年の女優、原節子の画像が設定されている。原節子といえば、絶大な人気を得ながら42歳の若さで引退した、清純派女優の代表格である。小津安二郎作品などに出演することによって演技面での評価も受けていたが、多くのファンが望んでいたのは、やはり「永遠の処女」と呼ばれる、可憐で清楚なイメージであっただろう。そしてそのことが、彼女の俳優業引退を早めたようにも思える。

 対して往年の女優、田中絹代は、原節子と同じような役以外にも様々な役柄を演じ、木下惠介監督の『楢山節考』(1958年)では、歯を抜いてまで老婆役を演じ、67歳で亡くなる直前まで俳優業を続けた。どちらが上と言うつもりはないが、少なくとも固定化されたイメージに縛られることに、演技の面で抗ったのは田中絹代の方だったのではないだろうか。

 ガッキーも原節子と同じく、期待されたイメージを強く要求されているタイプの女優である。それは『けもなれ』で、献身的で清楚でかわいらしく癒してくれる女性像を要求されている晶の境遇とシンクロする。このことに脚本は明らかに意図的である。そして暗い表情の多いガッキーを描くことで、彼女の知られざる魅力……まさに“深海に眠る水晶の輝き”を探ろうとしているのではないか。

 そしてこの問題は原節子を経由して、主人公・深海晶、ガッキー、そして既存の役割を要求される日本の女性にまで、一本の線によって貫かれている。原節子という現実の存在を持ち出すことによって、『けもなれ』は「現実」を描くことを宣言しているのだ。その気合いと決意は並大抵のものではないように思える。

獣になれないという不幸

 「5tap」で晶と京谷が飲んでいるときに、二人は恒星と親密にしている、菊地凛子演じる女性「呉羽(くれは)」の着ている個性的なファッションについての話題をはじめる。京谷は「ああいうのってさ、どこにアピールしてるんだろうな」と同意を求め、晶は「着たい服を着てるだけじゃない?」と諭す。ここから、表面的には紳士的で優しい京谷が無意識では女性蔑視の偏見を持っていること、晶がそれに不満を持っていることが理解できる。

 会社や男が求める清純・献身への要求に対する反逆として、晶はファッションデザイナーの呉羽による個性的な服装を着込んで職場へと出かけるという、現状を変えるための思い切った行動に出る。ここが通常のドラマにおける「カタルシス」の部分である。だがそれは、本質的な待遇改善にはつながらない。本作では、耐え難い現実に対して何か前向きな行動を起こしても、さらなる現実に押しつぶされるという構図が繰り返される。そして、その特徴こそが興味深く面白い点なのだ。

 「獣になれない」というタイトルのフレーズは、当初、恋愛において積極的にアプローチすることができない、つまり「肉食系」ではないという意味だと想像させる。しかしエピソードを見続けていると、そういうことではないのが分かってくる。

 前述したように、晶の境遇は、人によっては恵まれたものなのかもしれない。キャリアウーマンとしてバリバリ働き、周囲に必要とされながら、同じようにバリバリ働く、頼りがいがあって優しい、結婚を前提とした恋人がいるのだ。それを、「生きがいを感じる仕事」、「真実の愛」だと思いこめれば、どれほど楽なのか。周囲から「かわいいね」と賞賛され、それを見くびられていると感じず素直に喜べたら、どれほど楽なのか。実際に晶は、「幸せなら手をたたこう」という歌を口ずさみながら、自分を幸せだと思いこもうと努力するものの、ギャップに耐えられず次第に病んでいく。

 逆に、周囲に媚びず、ときに嫌われても自分の要求を押し通し傍若無人に生きるという、本作では呉羽が実践しようと奮闘しているように、そのような生き方を選べればどんなにいいだろうか。だが現実には、そこまで自分を優先する度胸はなく、生きていくための給料も必要だ。

 そう、日本に生きている多くの人々が、晶と同様に、いまの自分の境遇を幸せだと思いこめず、だからといって環境をぶち壊すこともできない、中途半端な位置にいる。そしてそれこそが、社会のなかで窮屈に生きている「人間」という存在なのではないだろうか。だから我々は、獣になれないことで苦しみ続ける。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「国内ドラマシーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる