山田孝之の“本気”が観るものを揺さぶるーー『ハード・コア』は山下敦弘×向井康介の集大成に

松江哲明の『ハード・コア』評

 そんな不器用な人間を演じることができたのは、役者・山田孝之だからこそ。『山田孝之の東京都北区赤羽』『山田孝之のカンヌ映画祭』『映画 山田孝之3D』『山田孝之の元気を送るテレビ』と山下くんと共に作品を作りましたが、山田くんはどの作品でも“本気”なんです。一連の作品を撮っていて周りから「あれは“本人役”なの?」という質問が多かったんですが、断言しますが、一切演じていません。彼は本気で赤羽に住み、本気でカンヌを目指し、日本中に元気を送っていた。その姿に、笑ってもいいし、ビビってもいい。でも、彼が本気だからこそ、視聴者はいろんな受け取り方ができるし、感動もできると思いました。その意味では、設定や状況はギャグだとしても、その人自身は本気という点で、一連の作品とも『ハード・コア』の山田くんの姿はつながっていると言えるかもしれません。山田くんのすごいところは、“変なことをしている役者”という見方をしている人に対しても、直球の演技をしたときにガッとその心を掴んでしまうところ。本作を観た人は誰もが「山田孝之、スゲえ」と思ってしまうのでは。

 山下くんにとっても、これまでの山田くんとの作品があったからこそ、自身が投影できる右近というキャラクターをここまで魅力的にできたのではと思います。実は制作発表がされたときに「メイキング撮らないの?」と何人かに聞かれたのですが、もし僕がこの作品の中に参加していたら、絶対に変なことになっていました(笑)。いち観客として、この作品を観ることができてすごく良かったです。メイキングも楽しみです。かなり壮絶だったと聞いてますから。燃え尽きた山下くんの姿がぜひ見たいですね。

 山田くんもさることながら、右近の弟・左近を演じた佐藤健さんが素晴らしかった。監督である山下くんよりも、映画全体を俯瞰して眺め、左近というキャラクターを演じているように感じました。右近とは真逆の性格で、知的で冷静。そんな左近が、ロボオを前にして、何事もなかったように会話を進めながら「ダメだ、限界だ、そいつ何?」とツッコミを入れるまでの一連の芝居は、ギャグになりかねないところを務めて冷静にドラマにしています。

 そして、本作の一番の名シーンと言ってもいいのが、居酒屋で起きる右近と左近の兄弟喧嘩。正直、原作を越えたと思いました。セリフも少し変わっていて、右近の愚直なまでの真っ直ぐさに、左近が「間違っているのが社会だ」と諭す。お前だけが社会のせいで傷ついているんじゃないよと。平成最後の年に、平成が始まったときに描かれた原作を映画化された意味、それがこのセリフに込められているような気がしました。『どんてん生活』に始まり、『マイ・バック・ページ』『聖の青春』など、向井くんは、2人組や対立する人物の対比を描くのが本当にうまい脚本家だと思います。

 役者陣の素晴らしい演技もあり、山下くんの魂が込められているのもすごく伝わる一作です。でも、ウィリアム・フリードキンの『恐怖の報酬』ではないですけど、込められすぎているからこそ、次作以降が心配になるところもあります。『どんてん生活』から始まった山下くんのエッセンスがすべて詰まっている作品だけに、一周して終わりではなく、ネクストステージに向かう山下くんが見たいですね。映画仲間として、そして友人として、期待しています。

(構成=石井達也)

■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』、2017年には『山田孝之のカンヌ映画祭』の監督を山下敦弘とともに務める。最新作『このマンガがすごい!』がテレビ東京系にて放送中。

■公開情報
『ハード・コア』
全国公開中
出演:山田孝之、佐藤健、荒川良々、石橋けい、首くくり栲象、康すおん、松たか子ほか
監督:山下敦弘
脚本:向井康介
原作:狩撫麻礼/いましろたかし『ハード・コア-平成地獄ブラザーズ』(ビームコミックス/KADOKAWA刊)
配給:KADOKAWA
制作プロダクション:マッチポイント
(c)2018「ハード・コア」製作委員会
公式サイト:hardcore-movie.jp

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