映画製作における美術監督の役割とは? 鈴木清順、熊井啓らを支えた巨匠・木村威夫の真髄

映画美術監督 木村威夫の真髄

映画における美術監督の存在

 そして、もうひとつ展示全体を通して、痛烈に感じられるのが、映画美術監督がこちらが思っているよりもはるかに映画において重要な存在であることにほかならない。緻密な計算と大胆な発想力が必要な仕事で、それは作品に大きな影響を与える。

 図面をみれば、その細かな計算のもとセットが作られていることがわかるし、デッサンを見ればその映画のヴィジュアル面をある程度方向づける大きな役割を担っていることがわかる。

 美術監督の的確な空間の把握と、緻密な美術デザインが作品の良し悪しを左右するといっても過言ではないのではなかろうか? そう考えざるをえないほど、美術監督の果たす役割は大きい。

 おそらく普段、映画を観るとき、ほとんどの人は美術を重点的にみることはないはず。撮影監督が監督の目になるとは、よく聞くが、木村威夫の仕事を見ると、美術監督もまた監督の目となっているのではないかと思える。それほど映画のルックを決めている。時には監督のアイデアの源になっているケースも少なくない。そのことは、展覧会場内の各所で流れている抜粋映像でも感じることができるはずだ。

 濱田研究員は木村の映画美術についてこう語る。

「デッサンや図面は、撮影スタッフはもとより、予算を管理する事務方にまで、人に伝えるものなので、やはりきっちりしていますよね。脚本に書き込まれている字をみても、細やかで相手がわかるものになっている。あと、かつての助手の方たちによれば、直観がすごいと。ロケハンに行っても、ここはこう撮ったらいい形になるとか、ヴィジョンが見える人だったとおっしゃっていました。そのあたりの感性は突出したものがあったようです。それから木村さんが書かれていることなんですけど、セットは寸法が大切と。例えば画面で見ると6畳に見えるという部屋でも、実際はちょっと長かったり、逆に狭かったりする。そういう空間つくりにおける寸法値が美術監督の技術の要だったみたいです。その技術こそ美術監督の虎の巻というか。秘伝のレシピで。だから、実は川崎の時は、まだ木村さんはご存命だったので、あまり図面は出したがらなかったんですよ。ですから、今回、これだけ図面が展示されているのは大盤振る舞いといいますか。これだけ図面が見られるのは実は画期的な試みなんです。たぶん、その道の方が見るとすごく参考になると思います。あと、これは余談になりますけど、お弟子さんにお聞きすると、けっこういい加減なところもあって、たまに寸法の計算違いで、“あれっ”というときもあったそうです(苦笑)。

 私自身、今回の展覧会に取り組んで感じたのは、やはり映画美術の重要度といいますか。映画の現場は、美術監督が手を加えた空間ができてから、監督やカメラマン、俳優たちが入ってくる。そして、カメラの前に立つのは役者と、美術監督が作った空間なんですよね。そういう意味で言うと、美術監督の手がけた美術はもうひとりの出演者で。ある程度、映画を方向付けてしまう力がある。美術監督自身は出てこないのだけれど、その作ったものが作品の中に永久に残る。その重要さをまず感じました。あともうひとつ、たとえばロケに行ってその風景を撮る場合でも、美術監督がそこになにか隠したり、足したりしている。そこには必ず美術監督のコントロールが働いていて、そうでないとそうとでは大きな違いが出るんですね。映画のすべての画面、最初から最後まで映画美術は関わっている。そのことにも改めて気づかされました。そこでこれだけ長きに渡って活躍されてきた木村さんはやはりすごかったというか。実際、監督たちの知恵袋的な役割も果たされていた気がします。というのも、今回ほんのちょっとしか触れられなかったのですが、未映画化に終わっている作品が本当に多くあるんです。熊井啓監督とか、吉田喜重監督とか、これらが実現してたらどんな映画になったんだろうとわくわくするような企画が実現の一歩手前までいっていた。それぐらい頼りにされている監督さんがいらっしゃった。晩年、何度も一緒に仕事をされた黒木和雄監督も、お仕事以外でも木村さんを慕われていて、対話を重ねていたそうです」

 また、展覧会に合わせて、同館2階にある長瀬記念ホールOZUでは、木村の特集上映が25日まで開催中。美術監督デビュー作から、90歳で発表し、ギネス記録となった初の長編監督作品『夢のまにまに』まで全20作品が上映となる。

 濱田氏はこちらのラインナップも悩まれたことを明かす。

「木村さんが最初に美術監督を務められた『海の呼ぶ聲』は絶対に上映したかった作品です。ただ、この作品は昭和19年に公開されるはずが検閲でダメになり、終戦後にようやく公開された。その経緯があったのでフィルムが見つかるか不安だったのですが現存していて今回上映できる運びとなりました。美術監督の2作目となる『絢爛たる復讐』も上映するのですが、この1作目から2作目への飛び方というか飛躍がものすごい。2作目にして「木村さんの美術」ともいうべき、木村美術のオリジナリティが現れている。それは観ていただければ感じていただけるかと。ちなみにこの2作品と、大映時代中期の『蜘蛛の街』は現存する16mmマスターポジから、今回のために上映用35mmプリントを作製しての上映です。あとはキャリアで重要となる、鈴木清順監督と熊井啓監督の作品は各3本ずつ上映します。ぜひ、木村さんの映画美術を展示と合わせて楽しんでいただければ幸いです」

 映画美術の巨匠として数々の名作に携わった木村威夫。その映画美術の奥深い世界にぜひ触れてほしい。きっと、一度見た映画でもまったく違った風景が見えてくることだろう。

(取材・文=水上賢治)

■イベント情報
展覧会「国立映画アーカイブ開館記念 生誕100年 映画美術監督 木村威夫」
会期:開催中~2019年1月27日まで ※毎週月曜、12月24日~19年1月3日は休館。
会場:国立映画アーカイブ 展示室(7F)
開室時間:11:00~18:30(入室は18:00まで)
料金:一般250円/大学生・シニア130円/高校生以下及び18歳未満、障がい者は無料
ホームページ:https://www.nfaj.go.jp/exhibition/takeokimura/

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