坂元裕二作品になぜ惹きつけられてしまうのか 『脚本家 坂元裕二』で浮かび上がるその実体

 この本は、『脚本家 坂元裕二』と銘打ちながらも、坂元裕二脚本作品の関係者たちと本人による各ドラマの解説集、後述する“履歴書”が主である。メインは、彼が描いてきた登場人物たちだと言っていい。だが、それ自体が、実は脚本家・坂元裕二自身の中身、“履歴書”そのものになっているのである。

 坂元は脚本を作るとき、通常の企画書やストーリーをあまり書かず、登場人物の過去について掘り下げて書いた“履歴書”を作る。履歴書と言っても読み物として最高に面白い。その人の人生の断片。そこにあるのは、坂元の登場人物、さらにはそれを演じる俳優たち1人1人への愛だ。

 巻末における、各ドラマの履歴書には、まだ役名も僅かに違ったりする登場人物たちの知られざる過去や思いが描かれている。そしてそれは、プロデューサーや演出家、スタッフ、俳優たちが加わり「外からきた違和感みたいなものでストーリーが変わっていったりする(p.8)」。テレビドラマゆえ、視聴者の知る彼・彼女たちそのものではない。私たちが知っているよりもさらに繊細で孤独で、鋭い存在だったりする。例えば、ドラマ『カルテット』のすずめと『スーパーマリオブラザーズ』の曲にまつわる幼い頃のエピソードはドラマ本編では描かれていない。そういった、まだ演じられていない段階にある、愛すべき彼らの姿は、ファン必読である。

 坂元裕二脚本のテレビドラマにはいつも必ず「私」がいる。例えば、『カルテット』における「エスカレーターの下りに乗るときちょっとだけがんば」らないといけないすずめ、極度の心配性の真紀(企画段階では「棒田待子」)だったりする。坂元が「どこかで誰かがひとりで「こんな風に思っているのは私だけなのかな」と思っているのを見つけてきて書くのが仕事だと思っている」(p.11)とインタビューで言及していたように、きっとそんなことを思う多くの「私」たちが、坂元脚本のテレビドラマに惹きつけられてしかたがないのだろう。

 最後のページには『カルテット』ファンには嬉しいオマケがついている。彼らがどこかで今も演奏しているかのように思えてくる、切り外しができるそれを、私は部屋の壁に貼った。もちろん画鋲ではなく、テープで。日常と一続きにあるから、私はテレビドラマが好きだ。特に、坂元裕二の作るテレビドラマが好きなのである。

「またいつか週に1度の何曜日かの、夜の何時かの、ふとした1時間をご一緒に」(p.189)

 そんな言葉で、物語は終わる。

 また、いつか。

 それが遠くない未来であることを、1テレビドラマファンは切実に願っている。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住の書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■書籍情報
『脚本家 坂元裕二』 
発売中
著者:坂元裕二
価格:本体2,500円+税
発行・販売元:ギャンビット

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