若松プロの映画である以上に青春映画 『止められるか、俺たちを』には自分を投影させる余白がある

松江哲明の『止められるか、俺たちを』評

 めぐみさんは最後に死を迎えてしまいます。その過程はある意味、ドラマチックです。めぐみさんは自分が妊娠していることを知る、でも誰にも打ち明けることができない。その相手と思われる高間さん(伊島空)は、自身の写真撮影のために遠くへ行ってしまう。いろんな思いを抱えているめぐみさんを、劇的に盛り上げようと思えばいくらでもできそうなシーンです。でも、そうは切り取らない。例えば映画で自殺を描く場合、どうしたってそこに情感を挟んでしまい、“リアリティ”から離れてしまうものが少なくありませんが、本作に関してはそれが自殺なのか、事故だったのか、そこに答えを出さず「こうなのかもしれない」と思わせられる生々しさがありました。魔が差した、という表現がピタッとハマるというか、キワキワで生きているときに、あっちに行ってしまったという感じ。映画全体の中で、このシーンは異様に長いです。僕は白石監督は答えをわからないで撮っていると感じました。わからないからこそ、丁寧に時間をかけてじっくりと見ている。だから、観客の感情を動かそうともしていない、そこに死を描くことの覚悟を感じました。

 最後、若松監督は事務所に1人で残り、足立監督が書いたATG用のシナリオを「やっぱり駄目でしたわ」と電話で先方に話し、映画が終わります。実際にはめぐみさん、そして日本を離れた足立監督へのいろんな思いがあったとは思うのですが、ここでは非常にクールに若松孝二が描かれています。若松さんは撮った映画の題材などから、非常に“熱い”方に見られがちだと思うのですが、その本質は冷静なところにあったと僕は感じています。何か事件が起きればサッと映画の企画にする、でもお金は絶対にかけない、人情よりも合理的に行動していくドライさ。本作はベタッとなりそうなところを非常に客観的に撮っていますが、ある意味、白石さんは若松監督のドライさを受け継いでいるのかなと感じました。

 そして、若松孝二を演じた井浦新さんが見事でした。本作の若松孝二役は、普段の井浦さんの演技からは想像もつかないほど、作り込んだ演技をされています。お祭り騒ぎのような『HiGH & LOW』の中で最も繊細で優しいキャラクターを演じていた井浦さんが、本作ではたっぷりと演技をしているのが新鮮でした。例えば山田孝之くんもそうなんですが、普段オフビートな芝居をしている役者ほど、キャラクターを作り込んだときに、そこに特別なユーモアが生まれるんだなと感じました。そして、そんな井浦さんとは対照的だったのが、足立正生さんを演じた山本浩司。山本さんのことを、新井浩文さんは「天才」と評していましたが、その天才っぷりが本作では分かります。足立さんはパレスチナに渡り、日本赤軍に合流、レバノンで逮捕され、日本へ強制送還……と、映画人として、とんでもなくスケールの大きい方です。そんな方を演じるというのに、山本さんの演技はどこまでも自然体。はっきり言ってデビュー作『どんてん生活』のときから芝居が何も変わっていない(笑)。でも、不思議なことに、この映画を観ていると説得力を持った足立正生に見えてくるんです。彼のそこに溶け込む力、何もしないでその役になれる力は、役者たちから天才と呼ばれる理由なのかな、と思わされました。

 『止められるか、俺たちを』は、“最高傑作”という言い方は違うかもしれないのですが、白石監督が撮ってきた作品の中で僕は最も好きな作品と言いたいです。ロマンポルノのリブート作『牝猫たち』も素敵な作品ですが、白石さんのオリジナル作品は“アウトロー”の集団を描くのが本当にうまい。一致団結でもなく、深い絆で結ばれている集団ではないんだけど、バラバラだった人たちが共同体としてつながっているあの感じ。でも、その中にあるきらめきを描くことこそが“映画”なんじゃないかと。僕にとって、本作はかけがえのない1本となりました。いつか必ず見返すでしょうし、一生の付き合いになる作品だと思います。

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(構成=石井達也)

■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』、2017年には『山田孝之のカンヌ映画祭』の監督を山下敦弘とともに務める。最新作『このマンガがすごい!』がテレビ東京系にて放送中。

■公開情報
『止められるか、俺たちを』
テアトル新宿ほか全国順次公開中
出演:門脇麦、井浦新、山本浩司、岡部尚、大西信満、タモト清嵐、毎熊克哉、伊島空、外山将平、藤原季節、上川周作、中澤梓佐、満島真之介、渋川清彦、音尾琢真、高岡蒼佑、高良健吾、寺島しのぶ、奥田瑛二
監督:白石和彌
製作:尾﨑宗子
プロデューサー:大日方教史、大友麻子 
脚本:井上淳一
音楽:曽我部恵一
製作:若松プロダクション、スコーレ、ハイクロスシネマトグラフィ
配給:スコーレ
(c)2018若松プロダクション
公式サイト:www.tomeore.com

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