『2001年宇宙の旅』70mm上映はどう実現した? 国立映画アーカイブに聞く、その背景と役割

『2001年宇宙の旅』70mm上映に迫る

「今回の上映そのものが技術的に挑戦尽くし」

ーー今回の料金は2,500円(一般)と、普段の国立映画アーカイブでの上映に比べると高いようにも感じますが、価格設定はどのように決めたのでしょう?

冨田:当館の通常上映料金は520円(一般)が多いので、比較すると遥かに高いです。ただ、私たちはこの値段設定でも安いと考えています。少なくとも当館としては赤字ですね。今回はユネスコ「世界視聴覚遺産の日」の記念特別イベントということもあり実現できましたが、上映権料、フィルム輸送費、機材も含めて諸々の準備に必要な技術費、日本語字幕投影費、映写技師さんの人数も通常の4倍必要ということを考えると、3Dや4Dといった特別上映の価格とほぼ同じ2,500円という価格は、高いとは思いません。私はこの『2001年宇宙の旅』70mm上映をノルウェーの国立のフィルムアーカイブで見ましたが、字幕なしで、2300円程していましたよ。

『2001年宇宙の旅』(c)2018 Warner Bros. Entertainment Inc.

ーー今回チケットは即日完売となりましたが、その声を受けて追加上映を行う可能性はないのでしょうか?

冨田:非常に心苦しいのですが、追加上映はできないんです。一番大きな理由が技術的な面で、借用プリントであることも理由のひとつです。お借りするプリントは世界的にスケジュールが組まれていて、当館で上映後、海外の他の劇場に回されるので、上映期間を延長することはできません。そして昨年度から70mm上映を始めた私たちにとって、今回の上映そのものが技術的に挑戦尽くしなんです。

ーー具体的にどのような挑戦が?

冨田:去年上映した『デルス・ウザーラ』は、当館収蔵のもので70年代に作られたプリントでした。材質が今のニュープリントと異なっていて、アセテート製で、ちょっと映写トラブルがあるとフィルムが切れてしまうんです。フィルムを傷めてしまうことは大問題ですけれど、その分、映写機は傷めないんですね。一方で、今のプリントはポリエステル製で非常に丈夫なので、なにかトラブルがあってもフィルムが切れず、逆に映写機の方が壊れてしまうんです。もしも映写機が壊れてしまったら、上映スケジュールが全て飛んでしまうほどのリスクがある。このプリントは世界中いろんなところで上映されているので、そのような事故は滅多に起こらないと思いますが、当館の映写機の調整具合も問題になってくるわけです。調整が、今回のプリントと少しでも合わないとトラブルになりかねません。また、今回のようにニュープリントの70mmフィルムの場合は、フィルムには音情報が一切入っていなくて、フィルムの端に入っているタイムコードと同期して、ディスクから音が出るというDTS方式なんです。この信号の読み取りが少しでも外れると、音がなくなってしまいます。劇映画の70mmプリントをDTS方式でフルに上映すること自体、今まで日本でなかったことかもしれません。当館でも、様々な不安材料があるんです。なので、まずは最初の2日間に向けて万全の準備をして、3日間の休映期間に再調整をかけるというのが今回のスケジュールです。

ーー何か問題が起こった場合のリスクヘッジの面もあると。

冨田:デジタル上映と違って映写技師が回すので、そちらの負担も考えなければなりません。2台の映写機で交互に上映していくのですが、リール1巻きの重さは10キロから15キロ強です。1巻が15分強程の映像ですから、上映し終わったリールを巻き取り、新しいリールをかけるといった作業を上映中、ピントや映写状態を常にチェックしながら、絶えず行うので、体力勝負になります。疲労が映写トラブルに繋がることもあります。しかも、いま日本に70mmを回したことがある、そして当館の映写機で映写できる現役の映写技師は非常に少ないんです。映写トラブルが絶対に起きないよう、映写技師に無理を強いない体制こそが、万全の映写につながるという点から、全12回が限度かなと判断しました。実際、今回の上映で映写技師たちが背負っている物凄いプレッシャーは、精神的にも本当に厳しいものがありますからね。

ーーフィルム上映からデジタル上映へ移り変わる中で、そういった技術はどんどん失われてしまっているように感じます。国立映画アーカイブとしては、技術継承にも取り組んでいるのでしょうか?

冨田:今回は70mmですが、35mmの映写をできる人も少なくなっています。特に当館の所蔵プリントは1950年代から70年代だったりニュープリントだったりと多岐に渡るため、1本1本特質が違います。そのため、各作品に合わせて調整ができる映写技師が必要になってくるのですが、そういう方自体、少ないんですよね。なので、当館ではベテランの映写技師と一緒に若い人にも入っていただいて、技術継承を含めて上映をしてもらっています。

ーー今回の上映に集まる観客はプロの方も多いでしょうし、ハードルが高いですね。

冨田:そうですね。やはり、プロの方々は今回の上映にかける期待が大きく、映写の問題もそうですが、さきほどの音の問題についても何件か問い合わせがきています。いろんな事情で「DTSです」としか答えられず、あまり詳しくは説明していないのですが、「12回もDTSで70mmニュープリント再生とは、日本で初めてですよ。応援してます」とメッセージをいただきました。映画業界の方々にもかなりの期待を寄せていただいているので、満足していただける上映をするのが私たちの使命と感じております。一点残念なのは、当館のスクリーンが昔の70mm時代のように大きくない点です。本来の音と画を体験してもらえる鑑賞機会というのが本企画のコンセプトにもなっていますが、本来であれば、目を覆いつくす巨大な146度の湾曲スクリーンでシネラマ上映しなければいけないんです。しかし、もう日本にはその設備がないので、そこはサイズをイメージしながら観ていただければと。今回のフィルムは、ノーラン監督とワーナーが昔のタイミングデータをキューブリック本人のメモを基に再現したものなので、色や艶が素晴らしいんです。当館のスクリーンは大きくはないが故に拡大率が低いので、密度がそのままスクリーンに映し出されます。

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