『アベンジャーズ』シリーズへの重要な布石? 『アントマン&ワスプ』で描かれた量子力学を考察

『アントマン&ワスプ』の量子力学を考察

『アントマン』(c)Marvel 2015

 前作『アントマン』では、犯罪歴のあるスコットが、アイスクリームのチェーン店でのアルバイトをクビになり、元妻の結婚相手に「養育費も払わないで、娘の誕生会によく来れたもんだな」と罵倒されるような、すべてをなくした哀れな父親だった。そんなどん底の時代を知っているからこそ、スコットがアントマンとして活躍したり、アベンジャーズに参加している姿を見ると一段と嬉しくなるのだ。

 さて、今回の物語は、前作で暗示されていたように、電子顕微鏡ですら見ることが困難な、極小の「量子世界」が鍵になっている。初代アントマンであったハンク・ピム博士の公私にわたるパートナー、「初代ワスプ」ことジャネットは、そのあまりにも小さな世界に約30年も前に取り残されたままになっており、当然死んだものと思われていた。しかし、スコットが量子世界から生きて帰還することができたという事実を目の当たりにした博士と娘ホープは、ジャネットの生存と救出に光明を見いだしていた。

 博士とホープ、そして彼らが操る巨大化した蟻の作業員によって、着々とジャネット救出のための研究が進められていたが、そんな研究所を金のために力づくで奪おうとするのが、ブラックマーケットで暗躍する武器ディーラー、ソニー・バーチ(ウォルトン・ゴギンズ)だ。さらに、その奪い合いに参加してきたのが、“物をすり抜ける”スーパーパワーを持った謎の人物「ゴースト」だった。

 ソニー・バーチとゴーストは、マーベルコミック『アイアンマン』の悪役であり、もともとアントマンとの関連は薄いキャラクターだった。だが今回、彼らをわざわざアントマンの敵として登場させたのには様々な意味があるはずだ。とりわけ、量子世界からのパワーによって、望まないままスーパーパワーを持ってしまったゴーストは興味深い。

 本編でも語られているように、「量子世界」は我々の常識を超えた場所であるらしい。ニュートンやアインシュタインが発見した物理法則が通用しないのだ。中学理科で、我々は物体を構成する極小の粒である「原子」について学ぶ。原子は、原子核とその周りを周回する電子によって構成されている。それは太陽と、そのまわりを周る惑星のような関係である。しかし、惑星の位置が物理法則によって予測できるのに対し、電子は予測とは異なる動きをするのである。

 1900年代、このような結果を基に、量子力学を確立したニールス・ボーアは「それらはもともと不確定なもの」だとする「コペンハーゲン解釈」を提唱した。その考えによると、電子は原子核の周囲のどこにでも、まるで「ゴースト」のように存在し得る状態にあり、それが上向きにスピンしているか、下向きにスピンしているかは、それを観測して突き止める瞬間まで、「重なった状態」であるとした。

 この考え方を、荒唐無稽なものとして批判したのが、物理学者エルヴィン・シュレーディンガーである。彼は、自身が量子力学の成立に尽力してきた一人であったが、この説の矛盾を指摘するため、もしも量子世界の動きによって半々の確率で作動する毒ガス装置を作って、それを外から観測できない箱の中に入れた猫と一緒にしたなら、猫は生き残る場合と死んだ場合、そのどちらもが重ね合わされたゴーストのような、あり得ないほど不自然な状態になってしまうと主張した。これは「シュレーディンガーの猫」という思考実験として知られている。

 この話を知っていれば、量子世界からの干渉を受けた、本作のゴーストもまた、存在することと存在しないことが重ね合わされた、まさにシュレーディンガーの猫と同じ状態にあると気づくだろう。ゴーストは、半分存在し、半分存在しない人物である。ゆえに消えたりもできるし、実体を持ってアントマンを攻撃することもできる。では、ゴーストが存在しない瞬間、その肉体はどこに行っているのだろうか。

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