伊藤沙莉、作品のトーンを変える役割に 『ひよっこ』『この世界の片隅に』に見る人物造形の豊かさ

伊藤沙莉、作品のトーンを変える役割に

 作品のなかで、登場するだけでトーンを変える役割に、伊藤自身は以前、筆者が行ったインタビューで「面白くしてください的なオーダーはキツイ。『意外とつまんねーな』と思われるかもしれないという恐怖やプレッシャーと常に戦っているんです」と胸の内を明かしていたが、一方で「一番自由な権利をもらったような感じでやりがいもある」と意気に感じている部分もあるという。

 『ひよっこ』での米子、『この世界の片隅に』での幸子ともに直接的に“面白くする”という役割ではないが、確実に伊藤が画面に登場すると、視聴者はホッコリとした気分になる。しかも、それは飛び道具的に雰囲気を変えるのではなく、しっかりキャラクターに感情移入し、物語に破たんがないなかで弛緩を与えているのは、伊藤の演技力に他ならないだろう。

 子役として9歳から演じることをはじめ、24歳ながら15年というキャリアがあるが、悔しい思いもたくさんしてきたという。そんななか「いまにみていろ!」という思いが彼女の原動力となった。与えられたキャラクターへは徹底的に向き合う。「キャラクターをキャラクターとしてしか表現しない」ことが嫌だというのだ。

 優しい人にも、きっとドロドロとした部分がある。同じく意地悪な人間にも、必ず良い部分がある。単純に「○○な人」と表面的な部分を捉えて演じることをしたくないという伊藤。本作の幸子も、人物相関図的にみれば、小さいころから好意を持っている周作の妻となったすずに対して、嫉妬を含んだ感情を持つことは、視聴者も想像できるが、嫌味を言いつつもすずを温かく包み込むようなキャラクターに落とし込んでいるのは、伊藤ならではの人物造形だろう。

 これまで、映画『獣道』のようなやや癖のある役柄が多かったが、前クールの『いつまでも白い羽根』(東海テレビ、フジテレビ系)では、看護師を目指す真面目でまっすぐな学生・千夏を好演。ピュアでキラキラした前向きな女の子でありながらも「いい人は“どうでもいい人”になりがち」と意識して、しっかりと色をつけて演じた。

 2018年は、本作をはじめ3クール続けて連続ドラマへの出演のほか、映画での活躍も続く伊藤。出演時間の長短関係なく、画面やスクリーンに登場すると、自然と目を追ってしまうような存在感ある演技をみせる。いよいよ佳境に入る『この世界の片隅に』でも、物語にどんな救いを与えてくれるのか。今後の幸子から目が離せない。

※記事初出時、一部に記述の誤りがありました。訂正してお詫びいたします。(2018年9月3日13時30分)

■磯部正和
雑誌の編集、スポーツ紙を経て映画ライターに。基本的に洋画が好きだが、仕事の関係で、近年は邦画を中心に鑑賞。本当は音楽が一番好き。不世出のギタリスト、ランディ・ローズとの出会いがこの仕事に就いたきっかけ。

■放送情報
日曜劇場『この世界の片隅に』
TBS系にて、毎週日曜21:00~21:54放送
原作:こうの史代『この世界の片隅に』(双葉社刊、『漫画アクション』連載)
脚本:岡田惠和
音楽:久石譲
演出:土井裕泰ほか
プロデュース:佐野亜裕美
出演:松本穂香、松坂桃李、村上虹郎、伊藤沙莉、土村芳、ドロンズ石本、久保田紗友、新井美羽、稲垣来泉、二階堂ふみ、榮倉奈々、古舘祐太郎、尾野真千子、木野花、塩見三省、田口トモロヲ、仙道敦子、伊藤蘭、宮本信子
(c)TBS
公式サイト:http://www.tbs.co.jp/konoseka_tbs/

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