宮台真司の『万引き家族』評:「法の奴隷」「言葉の自動機械」となった人間達が社会を滅ぼすことへの激しい怒り

宮台真司の『万引き家族』評

隠喩としての音楽──細野晴臣の劇伴にみる天才

 最後に、音楽自体が映画全体の隠喩をなす細野晴臣氏の劇伴について触れます。テーマ曲とも言えるのが、エンドロールを含めて随所に流れる「Living Sketch」でしょう。アナログ楽器が離散的な平均律を奏でる一方、デジタルピアノのアルペジオがグリサンド(連続変化)します。アナログ楽器にはアルペジオのグリサンドは構造的に無理です。

 離散的な音程のアナログピアノと、連続的に音程が変わるデジタルピアノが、共演するパートさえあります。通常ならプログラミングで打ち込み音を定義する無限に再現可能なデジタル音が、「システム」を隠喩して、人が演奏するがゆえに再現可能性が厳密には存在しないアナログ音が、「システム外」を隠喩するはずのところです。

 ところが、この映画の劇伴では、「システム的=法内」であるはずのデジタル音が、連続的な音程変化を通じてエロスを──人間的な曖昧さを──醸し出し、「システム外的=法外」であるはずのアナログ音が、リズムギターのように単調な刻みを入れるのです。これは明確に、先ほど申し上げたものとは異なる隠喩を意図したものでしょう。

 私たちの社会では、不安を背景に神経症的な「法の奴隷」「言葉の自動機械」へと人間が堕落することで、AIによって簡単に置き換え可能な存在へと劣化しつつあります。数学者の新井紀子氏が言うように、人間が、パヨクやウヨブタのようにontologyと無関連な自動機械になり下がるのであれば、AIは簡単に人間を超え、人間を置き換えてしまいます。

 他方、AIを部品として含んだシステムは既に、私たちに充分なエロス的な体験を享受させるところまで進化しました。エロス的な体験を求める時に誰を・何を相手にすればいいのかという点について言えば、スパイク・ジョーンズ監督『her/世界でひとつの彼女』(2013)が描くように、今の段階で既にAIやゲームマシンの方がマシかもしれません。

 エンドロールに流れる音楽を聴きながら私は、万引き家族たちのように「法外」でシンクロする能力を、既に失ったがゆえに「劣化した人間」が、デジタルなアルペジオのグリサンドによって隠喩されるシステム≒AIに、急速に置き換えられていくイメージを受け取りました。ただ、こうした劇伴の仕掛けを考えるのがまだ人間であることが私たちの救いです。

 冒頭「昭和と共に過ぎ去ったもの」に触れました。ソレを一言でいえば、万引き家族たちのように「法外」でシンクロする能力だと言えます。「法内に露出した法外」という両義性が布団です。ソレを失って「法の奴隷」「言葉の自動機械」へと劣化してAI以下になった人間たちが社会を滅ぼそうとしています。『万引き家族』はその事実への怒りを突きつけます。

■宮台真司
社会学者。首都大学東京教授。近著に『14歳からの社会学』(世界文化社)、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』(幻冬舎)など。Twitter

■公開情報
『万引き家族』
TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:リリー・フランキー、安藤サクラ、松岡茉優、池松壮亮、城桧吏、佐々木みゆ、緒形直人、森口瑤子、山田裕貴、片山萌美、柄本明、高良健吾、池脇千鶴、樹木希林
製作:フジテレビ、ギャガ、AOI Pro.
配給:ギャガ
(c)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.
公式サイト:http://gaga.ne.jp/manbiki-kazoku

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