大衆娯楽としての魅力だけではない? 『空海―KU-KAI―』で描かれたチェン・カイコーの核

小野寺系の『空海―KU-KAI―』評

 1952年生まれの陳凱歌監督が、若い頃に文化大革命の時代の体験を記した『私の紅衛兵時代 ある映画監督の青春』という書籍がある。このとき中国では、“革命的でない”とされた旧文化は否定され、知識人は弾圧された。その混乱の中で自殺か他殺か分からないような死亡事件がたくさん起きたと、陳凱歌は振り返る。

 青年期に陳凱歌は「生産隊」として辺境に送られ、肉体労働に従事していた。そこには都会から来た同じ年代の女学生たちもいたが、その中の一人の女子学生が、医師によって「発狂している」と診断されたという。それは、彼女のベッドの下から、指導者である毛沢東主席の顔を黒塗りにした写真が発見されたからだ。だがその理由は明白で、彼女は「毛主席はお父さんを農村の収容所へ放り込んだ。だから、主席が憎い」と語った。政治的だがまともな言い分である。しかし彼女は公安局から強制労働の刑を言い渡され、狂った人物として藁ぶき屋根の掘っ立小屋に一人で住まわされ、学生たちから忘れ去られていった。

 楊貴妃は、国を滅ぼした“傾国の美女”とされ、人々の怨嗟を買うことで殺された。そのエピソードから、悪女だというイメージも持たれることもある。しかし本作は、楊貴妃を時代や政治の犠牲になった一人の女性として描いている。指導者が大きな権力を持ち、それを維持しつづけるには、ときに犠牲になり、悪と決めつけられる人々も生まれるのだ。

 陳凱歌が原作から引き継ぎ、本作で扱っているテーマは、唐の時代の物語の中だけには収まらず、文化大革命の時代の物語にも収まらない。過去、現在、未来、世界中の地域に通用する、権力によって人の心がつぶされていく普遍的なシステムの描写だ。それが混迷の時代を生きた陳凱歌監督の、映画作家としての核となっているように感じられる。本作で一羽の鳥が羽ばたいていくシーンが胸の奥にまで迫るのは、全ての人間が解放されるべき暴力や抑圧の表現に、深い実感が込められているからである。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『空海―KU-KAI― 美しき王妃の謎』
全国東宝系にて公開中
出演:染谷将太、ホアン・シュアン、チャン・ロンロン、火野正平、松坂慶子、キティ・チャン、チン・ハオ、リウ・ハオラン、チャン・ティエンアイ、オウ・ハオ、チャン・ルーイー、シン・バイチン、リウ・ペイチー、阿部寛
声の出演:高橋一生、吉田羊、東出昌大、イッセー尾形、寛一郎、六角精児、不破万作、金田明夫、六平直政、沢城みゆき、花澤香菜、早見沙織、山寺宏一
原作:夢枕獏『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』(角川文庫/徳間文庫)
監督:チェン・カイコー
脚本:ワン・フイリン
主題歌:RADWIMPS「Mountain Top」(ユニバーサルミュージック/EMI Records)
(c)2017 New Classics Media,Kadokawa Corporation,Emperor Motion Pictures,Shengkai Film
公式サイト:http://ku-kai-movie.jp/

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