ガル・ガドットという“スター誕生”の瞬間 『ワンダーウーマン』が映し出す現代映像のありよう

荻野洋一の『ワンダーウーマン』評

 本作の舞台が、原作の生まれた第二次世界大戦期ではなく、第一次世界大戦期に据えたのは、パティ・ジェンキンス以下、製作スタッフのたくみな政治的配慮である可能性がある。もしも本作が原作と同時期の第二次世界大戦を舞台にしていたら、イスラエル人女優が戦地でナチスドイツと対峙することになり、それは「シャレにならない」ものとなるだろう。平和の戦士どころか、ホロコーストへの復讐のために戦いの女神が降臨した、というような非常にまずい解釈が生まれてしまう。ワンダーウーマンはナチスをやっつけたあと、パレスチナに駐留してシナイ半島を制圧してしまうかもしれない。

 政治的な映画だけでなく、映画とはつねに、政治的なものである。それがコミック原作のスーパーヒーローであっても。いや、近年もっとも政治的な映画は、昨年の『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』ではなかったか。ダイアナ/ワンダーウーマンはなぜ英米軍に付くのか? ナチスと異なり、第一次大戦のドイツを勧善懲悪の悪に仕立てるのはもはやアナクロニズムだが、なぜそれを採用したのか? ローマ神話の狩猟と貞節の女神ディアーナ(Diāna)はなぜ、イギリスの皇太子妃と同じダイアナ(Diana)を(偶然とはいえ)名乗って英国軍に参戦するのか?

 スーパーヒーロー映画とは畢竟、PKO(平和維持活動)の映画であり、自警団の映画でもある。アイアンマンとキャプテン・アメリカの対立は、「正義」の行使を国連管理下に収めるかどうかの対立だった。日本のスーパーヒーローとして、なつかしい必殺仕掛人・藤枝梅安の名前を挙げよう。梅安は、法律で裁ききれない悪党どもを超法規的な手法で退治する。悪を退治するとは、どっちが悪なのかを決めつけるということでもある。そして当然のことながら、ハリウッドのスーパーヒーロー映画は、英米を中心とする価値観のもとに、地球規模の自警団を描いてみせる。この危うさを、アメコミ映画の中に改めて見出すことができる。そしてこれは単純な批判で済ませられるものではない。

 近年のアメリカ映画はますますアメコミ等を源泉とする「ユニバース」プラットフォーム一色に染まりつつある。ワンダーウーマン、バットマン、スーパーマンの所属する「DCエクステンデッド・ユニバース」、アイアンマン、スパイダーマン、ハルクらの所属する「マーベル・シネマティック・ユニバース」、同じくマーベル社の『X-MEN』、今夏にローンチされたユニバーサル社の「ダーク・ユニバース」などである。スピンオフが乱発され始めた天下の『スター・ウォーズ』もなかばユニバース化されつつある。この「ユニバース」なるアメコミでは古典的な世界観が、2010年代のアメリカ映画で支配的となってきている現状は、単にNetflixやHulu、Amazonといったネット系メディアの繰り出すドラマコンテンツへの対抗、という経済的な見地からだけでは見切れない。『ワンダーウーマン』は、現代映像のありようを考察する上で、さまざまな見地を提供してくれ、まったく興味が尽きない。

■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。

■公開情報
『ワンダーウーマン』
8月25日(金)全国ロードショー
配給:ワーナー・ブラザース映画
監督:パティ・ジェンキンス
出演:ガル・ガドット、クリス・パイン
(c)2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/wonderwoman/

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