『怪盗グルー』“スラップスティック”でアニメ界に新風 幅広い世代を虜にする魅力を考察

『怪盗グルー』“スラップスティック”でアニメ界に新風 幅広い世代を虜にする魅力を考察

 さらに、ミニオンズに次ぐ人気キャラクターとして、グルーの3人の養女の末っ子アグネスの、これ以上ないほどに純粋無垢な可愛さも炸裂する。第1作で手に入れた、大好きなユニコーンのぬいぐるみを、グルーの金銭的な窮状を救うために売りに出すという健気さには泣かされてしまう。さらに、両手に持ったひよこ型の棒キャンディーを向かい合わせて、「ピーピー!ピーピー!」と寸劇を始める、子どもらしい姿を眺めるだけで、何やらものすごい幸福感に包まれていくではないか。

 さて、これらの魅力的なキャラクターたちを使って、スラップスティックなコメディーを作る意義とは何なのだろうか。それは世界中の大衆、子どもたちを、明快で即物的な表現で喜ばせる根源的な価値観にアニメを立ち戻らせようという、ある種の先鋭的な試みにあるだろう。

 もともと、大衆の娯楽として作られる初期のアニメーションは、ディズニー作品を含め、即物的な笑いを追求し、暴力的な内容のものも多かった。だがディズニーが、『シリー・シンフォニー』シリーズや、世界初の長編アニメーション映画『白雪姫』などで健全な芸術性や教育効果というものを意識し始め、一流の芸術作品を作ることができるのを証明したことで、子どもたちを楽しませながら啓蒙するという、ひとつの王道的スタイルが、アニメーション界で完成されていったのだ。しかし、この偉大な革命は同時に「子ども向けの長編大作とは、そういうものでなくてはならない」という固定観念を生んだのも確かだ。

 その例に外れるアニメーションの初期衝動、そしてディズニーのカウンターとして機能していた『ルーニー・テューンズ』に代表される非教育的表現を、『怪盗グルー』シリーズは、予算をかけた長編作品のなかで行っている。それこそが大きな挑戦といえるのだ。

 その源流には、バスター・キートンやローレル&ハーディ、ハロルド・ロイドなどの出演する、クラシカルなコメディ映画がある『ミニオンズ』では、ミニオンたちが話すインチキなスペイン語のような、なんとなくの意味を推察することしかできない言語によって、まさに無声映画のような、ほぼボディ・ランゲージや表情で感情を表現する世界が展開していた。本作でも、ミニオンたちのシーンはもちろん、グルーの侵入ミッションにおける、壁に張りつくアクションのセンスは、無声映画のコメディのそれである。それはまた、トム・クルーズが壁面に貼りつく『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』にも通底する。その監督ブラッド・バードもまた、アニメーション作家だという事実も示唆的だろう。

 この、一種の無声映画ともいえる画面に、シリーズの1作目より音楽を手がけるファレル・ウィリアムスによる楽曲が、作品をある種の「音楽劇」にするかのような存在感で流れているというのも意義深い。彼の楽曲の存在は、本作を紛れもない「現在の作品」に置き直す役割を果たしているからである。

 イルミネーションの精神の具現的作品ともいえる『怪盗グルー』シリーズ。ミニオンによるスピンオフも含めて、その試みの前衛性や希少性という意味においても、今後のアニメーション大作のなかで、絶対に無視できない存在といえるだろう。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『怪盗グルーのミニオン大脱走』
7月21日(金)全国公開
プロデューサー:クリス・メレダンドリ
監督:ピエール・コフィン、カイル・バルダ
声の出演(字幕版):スティーヴ・カレル、クリステン・ウィグ、トレイ・パーカー
声の出演(吹替版):笑福亭鶴瓶、松山ケンイチ、中島美嘉、芦田愛菜、須藤祐実、矢島晶子、いとうあさこ、山寺宏一、宮野真守、福山潤、LiSA、生瀬勝久
原題:「Despicable me 3」
配給:東宝東和
(c)UNIVERSAL STUDIOS
公式サイト:minions.jp
公式Facebook:https://www.facebook.com/minions.movie/
公式Twitter:https://twitter.com/minion_fanclub

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