観客の心理を操る『スプリット』 ヒッチコックに通じるシャマラン監督の演出の秘密

小野寺系の『スプリット』評

 映画や文学作品などが無かった時代、人は焚き火を囲んだりしながら、「語り部(かたりべ)」が伝える物語を楽しんでいた。語り部の仕事は、聞き手を面白がらせ、物語を効果的に伝えるということである。映画における「演出」というのは、つまりは、この語り部のように、「観客の反応を読み取りながら、物語をどう伝えるか」というところに集約されるはずである。ヒッチコックがつかんでいる演出術というのは、この根本に通ずる本質的な技術なのだ。そして、シャマランはヒッチコックの模倣をすることで、その感覚を共有することに成功しているように見える。そして現在、そのような力を感じることのできる演出は貴重なものになってしまった。

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 多くの監督作で脚本も手がけているシャマランは、本作『スプリット』では、やはり『サイコ』を思い出させる心理的な恐怖を扱っている。狂気の監禁者を演じるジェームズ・マカヴォイは、イギリス映画『フィルス』で、コカインに溺れ錯乱状態に陥った刑事を演じるなど、破滅的な心理を表現できる演技派として、今回23人格を持つ多重人格者という、一歩間違えれば陳腐になってしまう、極端に難しい役を演じている。この監禁者は、欲望を露わにする人格になったり、女性の人格になったり、子どもの人格になったりしながら、監禁された女子高生たちと接し始める。ケイシーは恐怖を感じながらも、その人格の違いを利用して、脱出を試みることになる。本作の舞台は、暗く狭い監禁部屋が中心となるが、一人の体の中にいる23人の人格が、派閥をつくり主導権を奪い合うという、目に見えない権力構造を描くことで、もう一つの世界を作り出し、奥行きを生み出しているのである。

 このような多重人格を描いたサイコホラー映画は多いが、その皮きりとなったのは、二重人格から起こる事件を描いた小説『ジキル博士とハイド氏』の、1920年に撮られた映画版からであろう。映画は早い時代から、「人格が変わる」という恐怖を描いてきたのである。変わったところでは、キスをすると自分が猫科の猛獣に変身してしまうという異常心理を持った女性の苦悩と事件を題材とした、『キャット・ピープル』という恐怖映画もある。このような恐怖映画の伝統的な枠組みのなかに、シャマランは今回、あえて手を突っ込み、ヒッチコックを通しながら、恐怖の始原を探る試みをしているはずである。こういった映画史的な流れを意識することで、さらに作品世界を立体的なものとしてとらえることができるのだ。

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 本作が描くのは、ジェームズ・マカヴォイが演じる人物の心理だけではない。女子高生ケイシーの幼年時代の出来事が並行して描かれ、彼女の過去が明らかになっていくことで、作品は意外な方向に向かっていく。ここでは、ヒッチコックが観客の心理をコントロールしていたように、観客の予想を狂わせる仕掛けがいくつも用意されている。観客自身が先の展開を予想しながら観ることで、『スプリット』の魅力は、さらに深まることになる。しかし、観客は無理にそのような楽しみ方をしようと努力することはない。映画を観ているだけで、うまくそこへ誘導させられ、否応なしに先読みゲームに参加させられていくのだ。これこそが、シャマランの演出力によってもたらされる最大の効果なのである。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『スプリット』
全国公開中
監督・製作・脚本:M・ナイト・シャマラン
製作:ジェイソン・ブラムほか
出演:ジェームズ・マカヴォイ、アニヤ・テイラー=ジョイ、ベティ・バックリー、ジェシカ・スーラ、ヘイリー・ルー・リチャードソンほか
配給:東宝東和
2017年/アメリカ/英語/117分/原題:SPLIT/字幕翻訳:風間綾平
(c)2017 UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved.
公式サイト:http://split-movie.jp/

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