伝統を守り、伝統を壊していくーー『モアナと伝説の海』が伝える作り手のメッセージ

『モアナ』が伝える、作り手のメッセージ

 本作で生み出される葛藤は、女であることに起因するものでなく、彼女を村という枠に押しとどめようとする力と、彼女自身のなかにある、外へ向かおうとする力である。伝統を守っていくことが重要だとする劇中歌「いるべき場所」では、自分たちのいま住んでいる場所こそが最高だとする保守的な価値観が示されている。この考え方に共鳴しながらも、それを打ち破っていきたいという気持ちが抑えきれないモアナの姿は、政治的な保守と革新の対立構造とも重なり、ドメスティックな方向に向かおうとするアメリカや世界的な潮流の風刺表現でもあるはずだ。しかし、モアナの行動の規範になるのは、また別の民族的歴史であり、本作は伝統の全てを批判しているわけではなく、むしろ良いと思える部分に関しては尊重し敬意を払っていることが分かる。この作品世界を説得力を持って作り上げるため、監督たちはポリネシアに出向き、現地の潮風を感じながら、神話や島々の文化を研究したという。

 外へ向かおうとするモアナに味方してくれるのは唯一、島の中で「変わり者」と考えられている、モアナのおばあちゃんである。彼女の名前「タラ」は、現地の言葉で「物語」を意味する言葉だ。彼女はモアナに「物語」を語り、島の外にも世界があるということを教え、また外に向かおうとするモアナの心を鼓舞する。ここから感じるのは、本作の作り手による「物語の力」を信じる心である。映画を作り観客に見せるということは、物語を紡ぎ伝えるという行為に他ならない。作り手たちは、この物語によって世界を少しでも良くできると信じ、子どもたちにあたらしい価値観と勇気を与えようとするのである。

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 この世界に陸地と生命を生み出したといわれる、女神テフィティの心を取り戻そうとするモアナの旅に同行するのは、頭が空っぽのニワトリ、ヘイヘイと、あらゆる動物に姿を変えることができる半神マウイである。彼らもまた、いままでにないキャラクターである。神話という伝統に敬意を払いながらも、そのイメージをあたらしいものに変えていく。自身がすでに「レジェンド」的存在であるジョン・マスカー&ロン・クレメンツ監督は、彼ら自身の挑戦によって、また本作の設定や演出によって、さらに製作手法においてもその姿勢を徹底することで、あらたな道を切り拓いてきた「魂」を、観客のみならずディズニーの後進たちに伝えているのである。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『モアナと伝説の海』
公開中
監督:ジョン・マスカー&ロン・クレメンツ
製作:オスナット・シューラー
製作総指揮:ジョン・ラセター
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(c)2017 Disney. All Rights Reserved.
公式サイト:http://www.disney.co.jp/movie/moana.html

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