『この世界の片隅に』は奇跡的な作品だ 東京テアトル・沢村敏が“単館系の使命”語る

東京テアトル番組編成・沢村敏インタビュー

−−現在、ミニシアターを取り巻く状況というのはどう変化しているんですか。

沢村:80年代に始まるいわゆるミニシアターブームがありました。シネコンの興隆、映画人口の減少、デジタル化の波など、様々な要素が重なり次々にミニシアターは閉館となりました。代表格でもあったシネマライズの閉館(2016年1月)もあり、ミニシアターの役割が一段落したと言う見方もあります。でも、次のミニシアターブーム的なものを新たに生み出していかないといけない。ミニシアター全盛期は、映画市場の10〜15%程度だったと言われています。それが今は約5%。しかも、放っておくとどんどん縮小してしまう。0になってしまうと、映画業界の多様性がなくなり、作り手たちが小〜中規模の作品を発表する場もなくなってしまうので、何が何でも守らなければいけないという風に思っています。

−−僕も自分が映画を作り始めて、それを実感するようになりました。シネコンでかけられていない面白い映画はたくさんあります。情報の拡散の仕方などで、まだまだ工夫ができるんじゃないか、という感覚はあります。

沢村:そうなんですよね。宣伝の仕方も変わっていくべきだし、変えていかなければいけない。画一化された作品を受け取るのではなく、多様な映画の中から自分が観たい作品を選ぶことができるのが、成熟した映画社会と言えると思います。嫌な気分の時に、あえて嫌な気分の映画を見て自分が救われることもあると思うんです。その選択ができない状況に陥ると、映画は面白くなくなってしまう。僕らはこの5%を10%に拡げ、作り手が映画を作りやすい環境にしたい。5%というと20人に1人。先日、映画系ではない一般大学で40人の学生相手に講義をさせていただく機会がありました。そこで、『百円の恋』と『恋人たち』のポスターを貼って、見たことがある人!って聞いたら、手を挙げたのは2人だったんです。もちろんこの例だけをとってサンプルにすることはできないけれど、やっぱり5%なんだという実感がありました。5%の人しかテアトル新宿でかかるような単館系作品のことを知らない。そもそも単館という言葉自体を知らない。確かにシネコンができて25年くらい経つので、今の大学生は生まれた時からシネコンで映画を見る環境です。当たり前と言えば当たり前なのですが……。

−−ミニシアター的なもののファンが20人に1人というのは、たとえば音楽畑でも昔から変わらない気がします。ただ、映画館に来ていたその1人が、配信系サイトやDVDなどで済ませてしまう時代に差し掛かっているわけですよね。インターネットによって、限りなく情報は広がったのに、どこか劣化してしまった部分もあるなと感じています。

沢村:映画館に関しては、少なくとも無くなることはないと思っているんです。当然、おごってあぐらをかいてしまうような態度では危険だとは思います。でも、作り手が映画館という真っ暗な環境でお客様と対峙する、それを想定して作品を作り続ける以上は無くならない。音楽でいうと、ライブは人が入るようになっているけどCDが売れないというのがありますね。映画に置き換えた場合、映画は複製芸術なので“ライブ感”のような1回性はないですが、ライブ的な要素を持ち込むことはできると思っています。今では当たり前ですが、舞台挨拶やトークショー、最近ではマサラ上映もありますね。ほかにも、絶叫上映や応援上映、クラッカーを鳴らしながら映画を見たり。4DXのような設備投資なしでも、映画館でしかできないことはまだまだあるんです。臨場感や一体感が味わえるという点は、配信やソフトにはない魅力だと思います。もっと映画館自体が色んなことを考えて、お客様に色んな映画の見方を提供したいと思っています。

−−恥ずかしい話なんですけど、映画を作り始めるまでは映画館で見なくていいじゃん、って思っていたんです。映画館で見るようにし始めたら、やっぱりこっちの方がいいなって思うようになったんですよね。

沢村:映画館で映画を見ること、それ自体がそもそも身体的なものじゃないですか。映画館に行くという行為が発生するわけですから。となると、体験的に映画を見る演出みたいなものが映画館にはあっていいんだと思うんです。弊社でいうと、上映中の作品に合わせたオリジナルドリンクを作ったり、ロビーに展示ものをしてみたり。すると見終わって出て来た人が、また映画のことを考える時間ができる。僕らは「持ち帰りの感情」と言っているんですけど、笑った泣いたという自分の感情以外にも、見た触ったという体験を演出してあげると外に持ち帰ることができるんです。『百円の恋』なんかは見終わった後に、「隣の駅から走って帰りました」とか、「雨が降っていたんですけど傘をささずに帰りました」みたいな意見が出るわけですよ。それって普通に暮らしていたら絶対にしないことじゃないですか。映画を見ることによって、その人は何かを受け取ったわけで、それこそが映画の持つ力だと思っています。映画館じゃなくても与えることはできるかもしれないですけど、スマホでもテレビでもなく、映画館でそれを感じてくれるのが、作り手にとっても一番の理想ですよね。

−−いまおっしゃっていた「持ち帰りの感情」を持てる映画、それが当たる映画とそうではない映画の違いにも言えるのかなと感じました。

沢村:それはわからないです。同じ映画がないのと一緒で、同じ売り方をして当たる映画もないんです。単館系ならなおさらです(笑)。だから、私的には毎回その映画らしい展開ができるかどうかが勝負だと思っています。それは決して予算の大きさや宣伝費のかけ方ではなく、その映画にとってどういう宣伝の仕方でどういうお客様に刺さるか、そこからどう広げるか、それは毎回違う。それをいつも宣伝会議で考えて、フィードバックしています。5%という数字は全体から見れば限りなくコア商売であり、メジャーとアングラで分けたらアングラでしかないんですよ、僕らの世界は。アングラになればなるほど画一化できませんし、同じやり方で当たるものはない。本当は決まった宣伝のやり方で、作品を変えても大ヒットが続くのが労力も少なくて一番いい。でも、ミニシアター系ではそれはできません。

−−映画館=シネコンの図式が当たり前となっているいま、ミニシアターには何が求められているでしょうか。

沢村:100人が見て100人が喜ぶ映画はないとダメです。大きい映画はあった方がいいし、それを上映する映画館は必要です。でも、100人が見て、1人だけが喜ぶ映画があってもいい。そういった映画を観る環境を、我々ミニシアター側が提供し続けないといけない。そこから80年代におきたミニシアターブームに代わる何か新しい動きがお客様から生まれてくれればいいと思っています。実は、2014年、2015年ぐらいからちょっとその雰囲気が戻ってくるかなという手応えは少し感じているんですよ。

−−どういった部分で感じたのでしょうか。

沢村:テアトル新宿の来場者数が安定してきているんです。ミニシアター作品や上映する劇場自体も減ってきているので、一概にキープしていることがいいとは言えないんですが。ミニシアターの映画の面白さに気づいた人たち、固定客が数年前より確実に増えてきたんです。あと、今年のメジャー作品の中にも『ヒメアノ~ル』や『怒り』など、キャスティング規模こそ違えど、賛否両論がでるような作品が公開されてきています。お客さんの「映画を観る目」が肥えてきた気がしますし、メジャーさんがそういった作品を作ってくれることは大歓迎です。

−−そのためには映画の“ファッション化”がもっと必要なのかもしれません。90年代後期、レコードがものすごい流行ったじゃないですか。あれはDJブームから派生したファッション面も大きかったんですけど、あのブームによって、アナログに触れる人が増えたのはとてもよかったと思うんです。それが根っこになって、今また新たなアナログブームが来た。でも、今のブームは本当に好きな人が残った足腰の強いブームになっている感じなんですよね。

沢村:いや、好きな人が残った足腰の強いブーム、いいですね。SNSの時代ですし、楽しんでいる人が声を上げることが重要だと思います。一方、映画もインディーズシーンはどんどん肥大化していると思います。そして、若い監督がきちんと映画を掘って作ってるというよりは、ファンション的な面も感じます。でも、入口はあっても、かつてあったVシネマやピンク映画といった出口が今はない。映画は商売としての一面も、もちろん持っているわけで、稼ぐことができなければこのシーンは衰退していってしまうんです。インディーズでデビューして、商業映画へ、というステップアップができるのが一番ですが、これからは配信系のドラマなどが監督たちの新たな受け皿になっていく可能性はあるかもしれません。

−−『溺れるナイフ』を撮った山戸結希監督のステップアップは、肥大化したインディーズシーンが生み出したプラスの側面と言えるかもしれませんね。

沢村:それこそ『君の名は。』の新海監督だって元々はインディーズのアニメから始まっている人ですからね。彼等のようなスターが出て来くることはとても喜ばしいことですし、そういう風にやっていきたいと思う作り手たちと一緒に仕事をしたいです。

『この世界の片隅に』本予告映像

■高根順次
スペースシャワーTV所属の映画プロデューサー。『フラッシュバックメモリーズ3D』、『劇場版BiSキャノンボール』、『私たちのハァハァ』を手掛ける。

■公開情報
『この世界の片隅に』
11月12日(土)テアトル新宿、ユーロスペースほか全国ロードショー
出演:のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、潘めぐみ、岩井七世、澁谷天外
監督・脚本:片渕須直
原作:こうの史代「この世界の片隅に」(双葉社刊)
企画:丸山正雄
監督補・画面構成:浦谷千恵
キャラクターデザイン・作画監督:松原秀典
音楽:コトリンゴ
プロデューサー:真木太郎
製作統括:GENCO
アニメーション制作:MAPPA
配給:東京テアトル
(c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
公式サイト:konosekai.jp

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