黒沢清×タハール・ラヒム『ダゲレオタイプの女』対談 黒沢「ホラー映画ではなくラブストーリー」

『ダゲレオタイプの女』監督×主演俳優対談

黒沢「滅びつつある古いものと、新しいものの境目を描きたいと思った」

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——黒沢監督にとって、今回一緒に仕事をされたタハール・ラヒムという役者はどのような存在でしたか?

黒沢:ジャック・オディアール監督の『預言者』を最初に観た時に、すごい役者だなと驚かされて、それから他の出演作を観ていくうちに、『本当のタハール・ラヒムというのはどんな人間なんだろう?』と思うようになっていきました。自分にとって、彼はとてもミステリアスな存在で、機会があったらいつか会ってみたいと思っていたんです。そして、たまたまある映画祭で一緒になって、そこで会った瞬間に、彼の中にある人間としてものすごくノーマルで、ニュートラルな部分にとても惹かれたんです。もう直感で、この作品の主人公を彼に演じてほしいと思いました。彼本人がどこまで意識しているかはわかりませんが、役によっていろんな顔を見せることができる役者というのは、基本的にとてもノーマルでニュートラルな部分を根っこに持っている役者だと思うんです。これは自分が知る日本の役者にも言えることですが、優れた俳優の条件というのは、この人にしかないという特殊で強烈な個性と、誰にでもなることができるようなまったくノーマルな部分、その両面を持っていることだと思うんですよね。タハールからは、それを最初からものすごく強く感じました。

——優れた役者には二つのタイプがあるのではなく、その二つを持ち合わせている役者が優れた役者だと。

黒沢:そういうことです。そして、タハールのようにそういう役者は一つの作品の中で、その二つを出すことができる。

ラヒム:ありがとう(笑)。

——ところで、自分は街の中でタハールさんとすれ違っても、あの『預言者』や『ある過去の行方』のタハール・ラヒムだと100%気づかない自信があるんですけど(笑)、黒沢監督は最初から気づきましたか?

黒沢:いや、まさに自分もそうで(笑)。彼の方から話しかけてくれたからわかったんですけど、最初はびっくりしました。

ラヒム:後からでも、気づいてもらえてよかったです(笑)。

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——黒沢清ファンとして『ダゲレオタイプの女』がとても新鮮だったのは、日本で撮った作品にはほとんど出てこない「街のなにげない風景」が、この作品ではいくつも出てくるところでした。例えば、街角のスポーツバーであったり。

黒沢:おっしゃる通り、この作品では街のなにげない風景を作品に収めたいという、僕の強い欲求がありました。東京で映画を撮っている時は、なにげない街の風景であったり、人々の生活の様子というのは、自分にとってあまりにも当たり前のものなので、映画の中で興味を持って描こうとはあまり思えないんです。ただ、初めてパリで映画を撮るということになって、主要な舞台となるのは郊外の屋敷の中や森の中ですけれど、『せっかくパリで撮るんだから』という思いがむくむくと出てきてしまったんですね。ある意味、それは無邪気な観光者ならではの欲望なわけですが。『このシーン、いらないんじゃないか』というプロデューサーの意見もあって、確かにジャンル映画としては必要のないシーンもいくつかあるのですが、パリで撮った証として残しておいたシーンがいくつかあります。お恥ずかしいことに、最後のシーンではセーヌ川沿いを車で通って、その向こうにはエッフェル塔も見えますからね(笑)。あれは、僕のちょっと子供じみた欲望に沿って捕えたものです。

——冒頭、パリの郊外で行われている工事の騒音が、ことさら強調されているシーンなどからは、60年代後半のゴダールの諸作品のことを思い出さずにはいられなかったのですが。

黒沢:(笑)。そこは特に意識はしてなかったのですが、パリとパリ郊外の境目にある場所で、何かが取り壊されて、そこに新しいものが作られている風景というのは、この作品の大きなテーマを象徴しています。つまり、滅びつつある古いものと、新しいものの境目。死んでしまった者と、生きているものの境目。自分はこの作品で、その境目を描きたいと思ったのです。

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——この作品で描かれているダゲレオタイプという写真装置は、まさに滅びつつあるものの代表ですが、黒沢監督は、滅びつつある古いものと、新しいものがあったら、滅びつつあるものの方に寄り添う立場にいると言っていいのでしょうか?

黒沢:これは脚本を書き始めた時にはそこまで考えてなかったのですが、脚本を書き進めていくにつれて、このダゲレオタイプという、ほとんど妄想か狂気に取り憑かれていないとこんな表現方法は選択できない技術のことを、『でも、映画もほとんどそれと同じだよな』と思うようになっていきました。僕たちがやっていることって、もう技術的にはほとんど取り残された領域にあるわけで。いまどき、動画なんて誰でもスマホで撮れて、それをYouTubeとかにアップして人に見せることができるわけですから。それを映画の世界では、数秒のワンカット撮るのに1時間も2時間もかけているわけです。照明を当てて、ダゲレオタイプのように被写体を固定こそしませんが、役者にここに立っていてくれと指示をして。そんなこと、『ここには特別なものが宿っている』という妄想の中にいなければ、とてもじゃないとできないことですよね。

ラヒム:それでも黒沢監督は、役者にとってはすごく自由を残してくれる監督なんですよ。役者にとって、撮影現場でとてもいい推進力となってくれるというか。リテイクをするのも、明確に『これは違う』という時だけで、あとは役者が自分で考える余地を与えてくれた。黒沢監督から自分が学んだことは、役者にとっての身体性の重要さです。黒沢監督はすごく引きのカットであっても、身体の動きだけでストーリーを語ることができるんです。この作品で黒沢監督とこうして仕事ができたことは、自分にとってとても大きな財産になりました。

(取材・文=宇野維正)

■公開情報
『ダゲレオタイプの女』
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほかにて全国公開中
監督・脚本:黒沢清
撮影:アレクシス・カヴィルシヌ
音楽:グレゴワール・エッツェル
出演:タハール・ラヒム、コンスタンス・ルソー、オリヴィエ・グルメ、マチュー・アマルリック
配給:ビターズ・エンド
原題:「Le secret de la chambre noire」/フランス=ベルギー=日本合作
(c)FILM-IN-EVOLUTION - LES PRODUCTIONS BALTHAZAR - FRAKAS PRODUCTIONS - LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinema
公式サイト:http://www.bitters.co.jp/dagereo/

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