『君の名は。』を観て考えた、異性関係の悩みーー地下アイドル・姫乃たまが思春期を振り返る

姫乃たまが『君の名は。』を観る

 ようやく三葉ちゃんと触れあえた瀧くんは、お互いの名前を忘れないようにペンで手の平に名前を書くことにします。再びふたりの体が離れて、そっと開いた三葉ちゃんの手の平には、「すきだ」と書かれていました。強い気持ちだけを残して、必要な名前の情報はまた失われてしまいます。この思春期特有の空回る熱心さ。

 こうして何度も私は思春期の記憶のもやが外れかけて、胸を苦しくしていました。しかし、私がこの映画で最も衝撃だったのは、何よりも“所在のなさ”や妄言が物語から肯定されていたことです。

 異性関係で悩まなかった私の問題は、いつか男の子になれると思っていたところにありました。いつか誰々ちゃんや、男の子になれると思っていた私は、自分の存在の所在がここではないような気がしていたのです。それは、はたから見るとすごくおかしなことで、それがきっと言動にも滲み出ていたのだと思います。三葉ちゃんの不可解な言動(瀧くんと入れ替わった時の振る舞いや、通行人に「みんな死んじゃう」と触れ回るなど)には、状況は違っても強い共感がありましたし、父親と向き合った時、「妄言は血筋か」と吐き捨てられるシーンには息をのみました。

 物語は大人になった三葉ちゃんと瀧くんが再会することで、所在のなさも妄言も肯定します。やはり自分は自分ではない人と入れ替わっていて、思春期の妙な言動もきちんと理由のあるものだったことが証明されるのです。私は未だに所在のないあの頃の私を救えません。ただ、それを肯定しても良くなったのかもしれないということだけが衝撃でした。

 『君の名は。』を観ても、私は泣きませんでした。しかし、ふたりが大人になってから落ち着いて再会したように、あの頃どんなにあがいても不安でも、大人にならないとわからないことがあるのです。そのことが視覚化されただけで、この映画があって本当に良かったと思います。欲を言えば、『君の名は。』が10年前に公開されて、あの頃の私達を救って欲しかったということだけです。

■姫乃たま(ひめの たま)
地下アイドル/ライター。1993年2月12日、下北沢生まれ、エロ本育ち。アイドルファンよりも、生きるのが苦手な人へ向けて活動している、地下アイドル界の隙間産業。16才よりフリーランスで地下アイドル活動を始め、ライブイベントへの出演を軸足に置きながら、文筆業も営む。そのほか司会、DJとしても活動。フルアルバムに『僕とジョルジュ』があり、著書に『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー社)がある。

■公開情報
『君の名は。』
全国東宝系にて公開中
声の出演:神木隆之介、上白石萌音、成田凌、悠木碧、島崎信長、石川界人、谷花音、長澤まさみ、市原悦子
監督・脚本:新海誠
作画監督:安藤雅司
キャラクターデザイン:田中将賀
音楽:RADWIMPS
(c)2016「君の名は。」製作委員会
公式サイト:http://www.kiminona.com/

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