サエキけんぞうの『ハドソン川の奇跡』評:イーストウッドは“9・11後遺症”にどう回答したか

サエキけんぞうの『ハドソン川の奇跡』評

 機長の英断する場面に迫力があるだけに、その後のコンピュータによる残酷なシミュレーション結果との対比が恐ろしくなる。何せコンピュータの、プロセスは「客観的」に「自明」だというふれこみで、乱暴に結論をぶつけてくるからだ。実はこの「ふれこみ」こそがうさんくさいのである。

 人間の運命を決めるコンピュータ・シミュレーション。だがその前提となる「パラメータ」は人間が作り出すもの、というキケンな現実が脳に響く。詳しくは映画で。

 ある意味ヘビーなこの映画の中でのハイライトは、英雄をサッパリと、しかし熱い感情表現で称賛する米国人の清々しさだ。それこそが米国の美点だということを久々に思い出させられた。

 サリー機長が放り込まれる公聴会の厳正な雰囲気も忘れられない。日本では公聴会資料が公開されない案件も多く、この公聴会のある意味オープンで、多くの視線の集積を漂わせた迫力を感じる。色々闇を抱えるアメリカだが、一方で「真実を追求する」姿勢も社会の断片として存在すると。

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 なお、9・11後遺症に対する回答ともいわれるこの映画を見て、すぐに思い出したのは『ユナイテッド93』(2006年、ポール・グリーングラス監督)だ。2001年9月11日に、貿易センタービルに突っ込んだ飛行機の他に、ハイジャックされた4機目の飛行機があった。ユナイテッド航空93便は、ハイジャック犯4人と乗客乗員44人を乗せ、ペンシルベニア州シャンクスヴィルで墜落してしまう。その一部始終をドキュメント化した、リアル極まりない作品で、背筋が氷る秀作だ。航空機事故を扱う作品ということで、クリント・イーストウッドも参考にした部分があるのではないだろうか。余裕があればぜひ。

 9・11の結果、パニック状況の描写が一皮むけてしまった。ドキュメンタリーとドラマの融合、ドキュドラマは、平静な生活を切り裂かれる気配を、古式的パニック描写から解き放ち、より深く、日常目線に置き換えることに成功した。

 それと共に、平和に生きる喜びと感謝を深く伝えてくれる。

 エンドロールには、なんと実際の機長夫妻が本物の乗客達と共に現れ、感動的な言葉を放つ。本物っぽい映像に酔いしれた後、現実の映像のさりげないたたずまいに不意打ちされる。なにげない迫力がドンデン返しのように。普通の人なら、このラストのラストで、落涙は避けられないだろう。

■サエキけんぞう
ミュージシャン・作詞家・プロデューサー。1958年7月28日、千葉県出身。千葉県市川市在住。1985年徳島大学歯学部卒。大学在学中に『ハルメンズの近代体操』(1980年)でミュージシャンとしてデビュー。1983年「パール兄弟」を結成し、『未来はパール』で再デビュー。沢田研二、小泉今日子、モーニング娘。など、多数のアーティストに提供しているほか、アニメ作品のテーマ曲も多く手がける。大衆音楽(ロック・ポップス)を中心とした現代カルチャー全般、特に映画、マンガ、ファッション、クラブ・カルチャーなどに詳しく、新聞、雑誌などのメディアを中心に執筆も手がける。

■公開情報
『ハドソン川の奇跡』
全国公開中
監督:クリント・イーストウッド
出演:トム・ハンクス、アーロン・エッカート、ローラ・リニー
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2016 Warner Bros. All Rights Reserved
公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/hudson-kiseki/

■書籍情報
『機長、究極の決断「ハドソン川」の奇跡』
発売中
著者:C.サレンバーガー
刊行:静山社文庫

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